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児童虐待、増加の一途 「授かった」思い希薄に

2014年6月18日付 中外日報(社説)

また、痛ましい事件が起こってしまった。神奈川県厚木市のアパートで白骨化した幼い男児の遺体が発見され、父親(36)が保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された。

男児が死亡したのは2006年10月~07年1月ごろとみられ、亡くなる約2カ月前から週に1、2回しか食べ物を与えられず、玄関ドアが施錠された部屋に閉じ込められていた。

父親は調べに対し「いずれ衰弱して死ぬかもしれないと思っていた」「(家を出た妻とは)別の女性と交際するようになり、息子の育児を怠った」などと供述しているという。

数年前にも大阪市のマンションで、風俗店従業員の若い母親が3歳と1歳の幼い姉弟を部屋に置き去りにして餓死させる事件が起こっている。

「ご飯をあげたり、お風呂に入れたりするのが嫌になり、子供なんかいなければよかったと思うようになった」「小さな子供だけで生きていけないのは分かっていたが、部屋に戻って助けてやらねばとは思わなかった」

どちらの事件も育児放棄(ネグレクト)というより、未必の故意による殺人と言うべき、本当にやりきれない事件だ。

全国の児童相談所に寄せられる児童虐待の相談件数はここ数年増加の一途をたどり、12年度は6万6701件に上る。これは児童虐待防止法が施行される以前の1999年度の相談件数の5・7倍だ。育児放棄などを含む児童虐待は今や深刻な社会問題となっており、宗教界でも虐待を受けた子供たちの保護や子育て支援に取り組む団体や個人が増えつつある。

なぜ児童虐待が起きるのかは、それぞれのケースで事情が異なり一概には言えない。また虐待する親たちだけに責任を負わせれば済む問題でもない。

ただ、生まれてくる子の染色体異常の有無を簡易に、そして高い精度で判別できる新型出生前診断など最近の出産を取り巻く状況を見ていると、子供はつくるものであって、授かるものだという意識が希薄化しているように思われる。

ダウン症の子を育てているある母親は「親にとって都合の良い子を産む制度ではないでしょうか」とこの制度を評したが、子供はつくるものと思っている人たちは、自分に都合の良い子供にデザインしようとする。そして都合が悪くなれば「いなければよかった」と育児を放棄し、虐待してしまう。

「遇えて良かったね」。こう言って互いのいのちを慈しみ合う親子の関係でありたい。