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節制と中庸の意義 経済成長万能主義の危険

2014年5月14日付 中外日報(社説)

「七つの大罪」というフランス映画があった。その中で「怠惰の罪」は天から遣わされた怠惰の女神が眠そうに手を広げ、さあ皆さん怠けましょうと言うと、たちまち人々が働くのをやめ、あらゆる活動は鈍化して、気が付くと世界には平和が訪れていたというのが落ちであった。

皮肉が効いていて面白い話だが、本当に皆が怠けだしたら世は貧しくなり社会は機能不全に陥って教育も医療も行政サービスも満足に受けられなくなるのは目に見えている。

そもそも人間は働くようにできていて、怠けると身体も頭脳も機能が低下するのである。旧約聖書創世記には、男が労苦して食べ物を得、女が労苦して子を産み、共に土に帰るのはアダムとエバが罪を犯したからだと書かれていて、ここには人間の労苦は罪の結果世にかけられた呪いのせいだというペシミズムが見える。

宇宙が始まって物質の集積ができ、自身の重みで圧縮されて核融合反応が起こった。星の始まりである。反応が起こると星は輝き始め、融合反応が進んで次々に水素より重い物質が作られてゆき、星は「進化」する。燃え尽きて白色矮星になるものもあるが、重い星の場合は最後に「超新星爆発」を起こして一生を終えるのだという。このときに鉄より重い物質が作られるから星は物質の製造工場だといわれる。太陽系もそれを材料としてできたのだという。こうして宇宙は進化するわけだが、個々の星についていえば、それは自分が活動して作り出したものによって滅びるわけである。

人間は自分の能力に気付いて働き始めた。歴史をつくってきた民族は例外なく働き者であった。そこに競争原理が加わって歴史の「進歩」は加速した。いまや未曾有の繁栄の一方で、食糧不足や環境破壊が緊急の課題となっている。地球温暖化はもはや一刻もゆるがせにできない問題になった。それだけではない。世界にはすでに地球上の生物を何度も殺せるほどの核兵器が蓄えられている。星と同様に人間も自分たちが作り出したものによって繁栄し、そして滅びるのだろうか。

古来多くの思想家や宗教家が節制と中庸、さらには各部門のバランスの必要を説いてきた。実際、軍事部門や経済部門の突出は他部門の活性化を促すとしても、バランスを崩して社会に、さらに世界に滅亡に至る歪みをもたらし得るのである。それはすでに目に見える事実だ。しかし経済成長万能の現代は警告に聴く耳を持っていないように見える。