ニュース画像
「誠」の隊旗を掲げた五重塔院で営まれた法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

フィリピン戦の悲劇 軽視された兵士らの命

2014年5月2日付 中外日報(社説)

先の大戦でフィリピン戦線の日本兵戦没者は52万人近い。多くは餓死・病死である。酸鼻を極める状況に兵士を陥れたのは軍上層部の妄想に等しい楽観的な作戦計画と現場無視の無責任な判断、泥縄的命令の連発といったものだ。祖国に帰れた遺骨は限られ、まだ38万柱が現地に残されたまま。生還できた人々も心の奥底に異常な体験の後遺症を深く刻み、高齢化でその数も年々減っている。

このほど出版された『若者に捧げる戦争教科書』(文芸社)は、同戦線で死線をさまよい、帰還したある元兵士の貴重な証言録を基にした小説である。著者の神谷周孝さん(70)は毎日新聞の中部編集局長などを務めた人。現在は若手経営者らを育てる任意団体を運営している。

証言録は三十余年前に独居老人の聞き取り調査を続けていた知人から著者に託された。内容の一部は同紙のコラムなどで取り上げたが、描かれた飢餓の果ての地獄図のような人肉食に触れる証言を含め、全文は世に問う機会がなかった。それをいま出版した最大の動機は歴史に対する若者たちの無関心への危機感。小説の構成も、余命少ない元兵士を男女4人の大学生が社会学のフィールドワークで何度も病院に訪ね戦争体験を聞き出す物語にした。

著者は、証言録に沿い旧日本軍が自国兵士の命をひどく軽く扱った実態の「告発」に心を砕いた。例えば「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓は多くの無益な死をもたらした。証言録にも米軍の捕虜になった友軍兵士40人を救出したのに軍上層部の命令で全員銃殺する箇所がある。

仲間の射殺を命じられた兵士は、やり場のない怒りをフィリピン人に向ける倒錯した心理で現地住民の虐殺に走り、憎悪の連鎖を引き起こした。中国戦線でも頻発したことだが、なぜ愚行を止められなかったか。その一事をとっても、日本は何も戦争の総括をしてこなかったことに気付かされる。

総括なきところに反省も教訓も生まれない。A級戦犯の問題などで批判のある靖国神社公式参拝を行いながら、現地に野ざらしの遺骨を国の責任で収集する動きがないのは一例にすぎない。

同書の編さんには、両親が広島出身で新聞社の後輩である大阪経済法科大客員教授の梶川伸さん(66)の協力を得た。フィリピンの悲劇が軍や国の機関の構造的問題がもたらした罪業であったことを多角的な視点で訴えたかったという。その構造的問題を、日本社会はいまも引きずっているからである。