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新法は免罪符か 根本解決に宗教の智慧

2014年4月2日付 中外日報(社説)

中学時代に壮絶ないじめに遭って割腹自殺を図ったことがある弁護士の大平光代さんに、小中学校のいじめの問題について話を聞いたことがある。

いじめを無くすにはどうしたらよいかと問うと、大平さんは開口一番に「結論から言いますと、いじめは無くならないと思いますし、どこでも起きる問題だと思います」と言い切った。

そして、いじめを無くそう、ゼロにしようという考え方の下では、「いじめがあっても無かったことにしよう、見なかったことにしようとすれば済んでしまう」と指摘した。

実際に一種の閉鎖空間である学校現場では、いじめなどの「不都合な事実」を無かったことにしようという傾向がある。

昨年7月、名古屋市の市立中学の男子生徒がいじめを苦に自殺した事件で、担任の教諭は同級生らがこの男子生徒に「死ね」などの暴言を浴びせているのを聞いていながら、生徒らはあいさつ代わりにこの言葉を使っているなどとし、結果的にいじめを放置した。

また、教育心理学の専門家でもある医師は「我々医者は女子高生が突然腹痛を訴えたらまず妊娠を疑う。しかし、教師らはそうではない。妊娠という、あってはならない事実から目をそらそうとするケースが多い」と、学校の「きれいごと主義」を批判する。

大津市の中学生がいじめが原因で自殺したことを機に成立した「いじめ防止法」が昨年秋に施行され、学校にいじめ防止のための組織を置くことが義務付けられた。しかし、「教諭らが日常の業務で手いっぱい」などの理由で十分な対応が取れない所もあるそうだ。

「教室内カースト」という言葉もあるが、子供の世界でも人間が何人か集まれば必ずそこに上下関係、優劣の関係が生まれ、それがいじめの温床となっていく。いじめがある意味で人間存在そのものの本質に関わる問題だということから目を背け、法律や制度でいじめを防止することができると考えるのは短絡的で、法律や組織をつくることが免罪符となってしまう恐れもある。

もちろん、現実の問題としてのいじめを防止するために法律や制度を整えることも大切だが、この問題を根本的に解決しようとするならば、人間の上下関係や優劣などを相対化する視点、つまり、そのようなものは人間の心がつくり出した一時の幻想、虚妄にすぎないという、宗教的な智慧を学ぶことが必要ではないか。そういう宗教教育の場を設けるべきだ。