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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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もう忘却の彼方か? 復興予算の流用問題

2014年3月25日付 中外日報(社説)

東日本大震災の翌日から保存した半年間の新聞に3年ぶりに目を通し、あらためて思うのは、当時想定された復興への道のりの険しさを人災的側面がより深刻化させてきた現実である。日本人は忘れやすい民族といわれる。だが、忘却の彼方に置き忘れると、結果として被災者へのむごい仕打ちに加担する場合がある。ここでは復興予算の流用を挙げておきたい。

巨大地震と大津波の惨状は今も正視し難い。がれきの山に雪が舞う中を必死に肉親を捜し求める人々。海に向かい無念の思いを鎮めるかのように合掌する僧侶。多数の写真のいずれもが、この震災の悲劇性を象徴していた。肉親や家屋ばかりか土地も失い、原発事故では故郷まで奪われた。2600人以上もの人々が今も行方が知れない。被災地の復旧・復興は土地のかさ上げから始めねばならない。阪神・淡路大震災とも違う困難さが当初から予想された。

だが、被災者の苦境をよそに一昨年夏以降、復興予算の流用が次々と発覚した。震災に乗じて中央省庁のお手盛りで使途が決められ、貴重な資金が費消された。

反捕鯨団体への対策費や沖縄の国道整備費がよく例に挙げられたが、霞が関の庁舎改修はじめ全国の公共建物の改修・耐震化、さらには将来のエネルギーとしての核融合研究、海外への原発輸出の調査にまで復興予算が充てられた。国会議事堂の照明のLED化やマスコミの広告費にも使われた。財源は増税による税収である。

昨年10月、会計検査院は震災の年と翌12年度の復興予算による事業のほぼ4分の1、1兆3千億円がこのように被災地と関連がない事業だったと発表した。しかし、流用が実は違法とは言えないという。国の復興基本方針は被災地と関係なくても「防災」と口実を設ければ使途は自由だった。

国は流用への批判を受け復興予算の運用を改めたが、基本方針は変わっておらず「国土強靭化」で「復興」や「耐震強化」という名目の公共事業が全国的に復活、そのあおりで被災地では建設資材の高騰や人手不足で復旧に着手できない事例もあると聞く。手付かずの空き地が広がる被災地の状況を尻目に被災地外が「復興特需」に湧く。本末転倒ではないか。

被災者に寄り添えないこの国の政治の病理である。それは被災地への関心が薄れるといつでも蠢きだす。だが、震災3周年の報道ラッシュで、その視点から復興を問う記事は少なかった。震災の年の漢字は「絆」だった。それまで一過性に終わらせてはなるまい。