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対立をかき立てる大人げない「誇り」

2014年2月18日付 中外日報(社説)

第2次世界大戦後、日本は世界の平和に貢献することを強く決意し、日本国憲法を指針として歩んできた。しかし、昨今の日本では平和という目標は忘れ去られたかのようだ。首相は「平和の誓い」を口にするが、近隣諸国の市民の敵意をあおるような行動をとっている。国内でも有力メディアが隣国の人々を敵視するような話題を頻繁に取り上げている。

政府・与党はなぜそのような方向性を選ぶのか。なぜ国民の中にそのような動きを支持する声が増えているのだろうか。隣国が日本を敵視するから、というのが一つの答え方だ。では、なぜそのような事態が生じたのか。領土問題、歴史認識問題なら、敵意をむき出しにせず、冷静に話し合い、穏やかに解決すべく努めるべきだ。

国と国の対立を人と人、集団と集団の対立になぞらえてみると、愚かしさが分かる。人ならば自らを省み、譲り合いながら了解点を見つけようと日々努力する。あえて敵意をむき出しにし合い、憎しみをあおるのは人のとるべき道ではない。国家間でも忍耐と寛恕をもってこそ公正な相互理解に至ることができる。それが道義に沿うやり方ではないか。

外国を敵視すると国内の結束が強くなるような気がする。だが、実は足元を危うくしている。今度の靖国神社参拝では首相は中国や韓国の反対を押し切り、日本国民の心情を重んじたと言いたいのだろうが、国内の対立を深めてもいる。日本の宗教界は繰り返し公式参拝に反対の意思表示をしてきた。全日本仏教会は昨年8月5日に、新日本宗教団体連合会は同1日に首相に参拝をしないよう求めた。首相の参拝が国家神道復興につながることを危惧したものだ。

国際的にはどうか。今回の参拝は、これまで首相の靖国参拝を批判していた隣国だけでなく、ヨーロッパやアジアの諸外国からも批判を浴びた。歴史的事実を否認して自分たちに都合が良い歴史観を押し通す態度を「歴史修正主義」とか「修正主義」という。日本は政府が主体となって修正主義を主張する国――国際世論がそうした認識に傾くことを恐れる。

内外に友好ではなく対立を誘いながら、「自国だけが間違っていたのではない」と言い張っているのはあまりに大人げない。冷静に歴史を見直し、自国の非は非と認め、過去の世界諸国の攻撃的行動とともに改めていくべく、穏やかに話し合う。その努力を重ねたい。敵意とともに危うい「誇り」を見せて、対立を増幅させるようなことは厳に慎むべきだ。