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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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苦に立ち向かうため宗教間の理解深めよ

2014年1月3日付 中外日報(社説)

新しい年が明けても地球上の各地で紛争や迫害が収まらず、災害はこの日本でもなお人々を苦しめ続ける。苦に満ちた世界に立ち向かうためには宗教者には教派を超えた協力が求められており、その諸宗教の協力と対話は、お互いを知ることから始まる。

イスラームのある宗派の国際的団体の最高指導者と昨年会う機会があり、「タウヒード」について話し合った。「唯一性」と訳される、イスラームの神髄を表現する語で、「アッラーが唯一の神であり真実である」ということだが、「この世のあらゆる事は、神が作った唯一の真理体系で説明できる」と理解される。

そこから「すべては単独で存在しているのではなく相互に連関し関係性の上に存在する」という意義が導き出されるのだが、これは仏教で言う「一切皆空一切皆成」「不二」、つまり究極は「空」で物事は常に変化し互いの関係性の上に成り立つという、「縁起」と共鳴するところがありそうだ。

このタウヒードから布施(サダカ)も喜捨(ザカート)も導き出され、上記指導者は「他人の痛みを自分のものと感じない者は良き信者にはなれない」と語った。

その「我々人間は皆、唯一神が創ったものだから(宗教の違いを超えて)互いに一致できる」との確信に満ちた言葉からは、日本の宗教者に見られる「一神教は排他的でわが国の伝統宗教は大らか」というステレオタイプな狭い理解を凌駕する深みが感じられた。

キリスト教でも同様だ。カトリックは第2バチカン公会議以来、各国固有の文化にも理解を持って取り入れ、非キリスト教徒とも協力する姿勢を打ち出している。例えば日本でも、盆の時期には「死者のミサ」をし、「七五三」や、カトリック典礼暦で祭日とされる正月には当然祝いをする。

宗教間協力は、公会議の「世界憲章」で「(たとえ信者でなくとも)現代人の喜びと希望、悲しみと苦しみ、特に貧しい人々とすべて苦しんでいる人々のものは、キリストの弟子たちの喜びと希望、悲しみと苦しみである」と明確に説いている。

東日本大震災の被災地やさまざまな社会問題の苦の現場ではとっくに、異なる宗教者同士の連帯が協働のレベルで進んでいるが、わが国の伝統宗教でも他宗教への理解がしっかりと根拠付けられることが望まれるだろう。震災後、再評価される宮沢賢治は熱心な法華経信者でありつつ、「世界ぜんたいの幸福」を説きエスペラントに親しんだ国際主義者だった。