ニュース画像
多くの人が見守る中、彰義隊墓所で盛大に営まれた150回忌法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

宗門の高齢者問題も検討課題にすべきだ

2013年12月19日付 中外日報(社説)

「師を最期まで看取ることができたのは、感謝しています」。禅宗のある老師から聞いた言葉だ。宗門の要職を務めつつ、高齢で身体が不自由な師の世話を続けたことはかねて知っていたが、あらためて思いを聞く機会があった。

師とは血のつながる間柄ではない。入門した道場の師家と弟子の関係である。禅宗では「恨みにつく」という師弟関係がある。雲水に対する指導の方法を指して「悪辣」などと表現することもある。この老師自身も道場では師から厳しい指導も受けた。

師家の重責を担いながら、寺内の病床で師の身近に侍して看護することに「最初は半分抵抗もあった」と振り返る。しかし、やがて自然に受け入れるようになったという。「師匠も自分の師を看護し、修行として得たものが多かった。私にとって大切な経験で、ありがたいと思っています」

弟子が師を最期まで看護するような関係は、禅宗で妻帯・世襲が一般化する以前なら、比較的広くあり得たことかもしれない。しかし、病院で看護師の世話を受けながら最期の日々を過ごすのが当たり前になった今日、この経験は宗門でもまれな例だ。

世俗とは一線を画する理念を踏みにじるように、世間の風潮は宗門に情け容赦なく浸透してくる。随意には否定できない宗門の建前と、逃れようなく進行する社会の変化の乖離は宗門外より相対的に大きく、現実を改善し、必要に応じ建前を修正して乖離を縮める自覚的努力がないと、さまざまな問題が発生するのは避け難い。

後継者の育成とともに、高齢者のための対策も、建前と現実の乖離に伴う矛盾が発生しがちな領域だろう。ターミナルケアなどに積極的に取り組む僧侶も多く、仏教界が全体として高齢化社会の諸問題に無自覚だというわけでは決してない。ただ、足元の矛盾、つまり宗門内の高齢者問題が案外見落とされているのではないか。

僧侶の非違行為に厳しく対処するある宗派では、最近、高齢の僧侶が何らかの形で金銭に関わる事件によって懲戒処分を受けるケースが目立っている。背後の事情はそれぞれ大きく異なるが、多くの場合、「老後の不安」という共通項が浮かび上がる。

懲戒に発展する事例は氷山の一角だ。いまや、宗門のシステム自体、こうした「不安」に対処できなくなった部分があるのでは、と疑ってみるべきだろう。高齢僧侶の中には宗教法人の代表役員も多い。そうした特殊性も考慮した対応が検討されて然るべきだ。