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死は無意味な苦か 緩和ケアの現場で

2013年11月2日付 中外日報(社説)

先ごろ亡くなった小説家の山崎豊子さんの代表作に、欲望渦巻く国立大学医学部と付属病院の内情を描いた『白い巨塔』がある。昭和53~54年と平成15~16年にテレビドラマ化された。基本的なストーリーや登場人物は同じだが、新・旧二つのドラマで微妙に違う点もある。その一つが患者に対する医師の姿勢である。

ホスピス、ビハーラや緩和ケアへの関心が低かった1970年代に制作された旧作では、大学病院の医師は、ほぼ例外なく患者の病気を治すことのみに関心を持つ存在として描かれていた。

これに対して新作では、1990年代から2000年代にかけての緩和医療に対する認識の高まりを背景に、終末期の患者の苦しみにどう向き合うべきか苦悩する医師も登場する。

静岡県の聖隷三方原病院にわが国初のホスピス病棟ができて32年。その後、全国に広まり、特定非営利活動法人日本ホスピス緩和ケア協会の近年の調査によれば、緩和ケア病棟整備施設は全国に約180カ所ある。

しかし、緩和病棟に勤務する医師らでさえ、患者に対してあくまでも治療者として向き合おうとする者が少なくないという。

「意識のない患者を受け入れても意味がない」

「この病院は『緩和』を行うところなので、病状が『緩和』できたら退院してもらう」

今夏に三重県の皇學館大で開かれた仏教看護・ビハーラ学会のシンポジウムでは、複数のパネリストが、ドラマ『白い巨塔』のワンシーンを彷彿とさせるような医師の発言を紹介した。

「死という無意味な苦しみを前にすると医師は無力感を感じ、それを病状緩和という操作的関心に閉じていこうとする」

パネリストを務めた医師は"治療者としての医師"の心理をこう分析したが、医師や医療関係者らが「死は無意味な苦しみ」と受け止めている限り、「緩和医療が病状緩和に矮小化されていく」ことは避けられない。

ホスピス、ビハーラなどを通じ多くの宗教者が終末期医療の現場に関わり、患者の苦悩に寄り添おうとしており、「白い巨塔」は医療関係者だけの聖域ではなくなりつつある。

ただ、「矮小化」という危機に直面する緩和医療の現状を考えるとき、宗教者が、患者の「死」を前に無力感に襲われる医師らの苦悩に寄り添って、共に患者の理解者として歩んでいくことがこれまで以上に求められている。