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米国2長官の献花に昭和の阿仏房を偲ぶ

2013年10月19日付 中外日報(社説)

先ごろ来日した米国のケリー国務、ヘーゲル国防の両長官が、千鳥ケ淵戦没者墓苑に献花したことが、国際的に広く注目を集めているようだ。

昭和34(1959)年に千鳥ケ淵の建設が実現したのには、二つの理由があった。一つは、240万人の戦没者のうち約30万人は一般国民で、原則として靖国神社合祀の対象ではない。この人々を追悼する施設が必要ではないか、ということ。もう一つは、海外で収集された遺骨のうち、氏名の分からないものや、引き取る人のいないものが多いが、それらを当時の厚生省の一室に保管するだけでよいか、という問題だ。

国会などで論議の結果「国が維持管理する納骨堂」として千鳥ケ淵戦没者墓苑の設置が決まった。靖国神社との関連をどうするか、国が宗教的施設に関わってよいのか、などの意見を踏まえ、無宗教の国立施設として発足した。無宗教というものの、仏教界や新宗教団体の一部は、全ての戦没者をしのぶ儀式の場として、たびたび活用している。

国の施設ではあるが、実際の管理運営は「千鳥ヶ淵戦没者墓苑奉仕会」=現在は公益財団法人=に委ねられた。同会は日本遺族会の心情に配慮し、外国の元首を招待しないこととした。諸外国の「無名戦士の墓」に近い性格を持つ施設と見られながらも、外国元首の来訪は一度もない。

ケリー、ヘーゲル両長官は国家元首ではないが、それに次ぐ要人である。それだけに今回の献花が注目されるのであろう。

旧陸軍の関係者で、千鳥ケ淵の建設に関わった人に、美山要蔵氏(1901~87)がいる。陸軍省高級副官・陸軍大佐で終戦。復員庁勤務を経て厚生省援護局第一次長になった。旧軍人の復員と、遺家族の援護に尽力した。旧陸軍の幕引き役を務めたことになる。

戦犯法廷で裁かれている旧軍人の減刑に奔走したり、遺骨収集のため戦跡を訪れたりもした。それだけに千鳥ケ淵の実現は、美山氏の悲願だった。

昭和37年に退官した美山氏は千鳥ヶ淵戦没者墓苑奉仕会の理事長となり、同60年の退任まで1日も休まなかった。休日に参拝する遺族が多かったからだ。

日蓮宗信者の美山氏の願いは「昭和の阿仏房」となること。阿仏房は日蓮聖人に対面するため、90歳で佐渡から身延へ旅した人である。その美山氏は、米国の2長官の献花をどう受け止めるであろうか。千鳥ケ淵には現在、約36万体の遺骨が安置されている。