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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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「正解」のない問題 限界状況での決断

2013年10月17日付 中外日報(社説)

横浜線の踏切で、線路上で動けなくなった老人を助けにいった女性が電車にはねられて亡くなるという痛ましい事故があった。老人はけがをしたが命は助かった。おそらくは女性が老人を安全な場所まで動かしたのである。その報道に多くの人が感動した。現場には献花がなされ、政府からも感謝状が贈られた。多くの人が、いまの世にもこんな献身的な人がいたのかと驚きを抱いた。彼女の行為にはただ頭が下がるのみである。

ところで助かった老人とその家族の気持ちは、こころからの感謝と感激に満たされながら、複雑なものであっただろう。他方、女性の家族は、むろん女性の行為にこころからの敬意を覚えながらも、生きていてほしかった、と思ったのではないだろうか。はっきり言えば、無理はしないでほしかったという思いである。

ホームから落ちた人を助けようと線路上に下り、電車にはねられて亡くなったカメラマンと韓国人留学生がいた。国境を超えた犠牲的行為に多くの人が感動し、いまなお語り継がれている。このような出来事は他にもある。川に流された児童を救うために激流に飛び込んで溺れた人の話。炎に包まれた家の中で泣き叫ぶ子供を助けようと火中に飛び込んで焼死した人の話もある。東日本大震災の時には家に取り残された老人を助けにいって津波にのまれた人たちがいた。こうした行為を聞いて人が抱く気持ち、つまり評価は、立場によってさまざまである。そしてそのどれかだけが正しいということはない。

全く逆の例があった。第2次世界大戦の最中に、ドイツでヒトラー暗殺団が組織され、ある牧師(D・ボンヘッファー)がその計画に加わった。実行グループの一員になったのではなく、イギリスとの連絡が仕事だった。しかし計画は発覚して牧師は終戦の1カ月ほど前に処刑された。獄中からの書面が残っている。ヒトラーといえども人間である。「殺すなかれ」という基本的な戒めを守るべき牧師が暗殺計画に加わるのは不当だという意見があり、数十万、数百万の人命を救うための暗殺は正当だという意見もあった。この問題にも唯一の正解はない。

非日常的な「限界状況」では一般論は通用しないという理論がある。ここでは第三者の評価ではなく、個人の決断が尊重され、決定的な意味を持つのである。同時にこの世には正解のない状況の存在があることがあらわとなり、あなたならどうするかという問いが提起される。