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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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原発事故の分断被害 宗教は「つなぐ力」を

2013年10月5日付 中外日報(社説)

東日本大震災では「絆」が注目を浴びた。持続的な人間関係が個々人を支える力を指す。助けを必要としたり、孤立に苦しむ人たちに思いやりの手が差し伸べられた。従来の絆の尊さがしみじみと納得され、新たに深められていく絆の創造性に希望が託された。

その際、宗教に大きな役割があることも思い起こされた。寺院は人が集まり絆を確認しつつともに瞑目する場所だったし、神社では神事芸能が行われて地域住民がお互いを励まし合う場所だった。教会や会館なども人々を支え合う大きな働きを果たしてきた。

ところが震災から2年を経て原発災害による「分断」が大きな苦悩として意識されている。放射線の健康影響をどう考え対処するか、あるいは補償等の支援が得られる立場かそうでないか、差別されやすい位置にいるかそうでないかなどによって考え方が違なり対立してしまうのだ。「分断被害」という言葉も聞かれるという。

このことは早くから気付かれていたが、次第に収まるどころか、むしろ深まっている。福島県いわき市などでは避難住民が増え、元からいた住民との間で軋轢が増しているという。市の行政キャパシティーは限られるから、急増した人口に相応したサービスができず、元からの市民は迷惑を被っているように感じてしまう。

政府、県や放射線の健康影響を専門とする科学者が、「帰還」こそが「復興」の道だとして、避難住民の帰還を強引に進めようとする姿勢を改めないと、分断はますます深まる。政府側が分断に対して無策であるだけでなく、それを助長するような姿勢をとってきたことは反省し改めてほしい。

原爆の被害でも差別が深刻な問題だったことは『黒い雨』のような作品にも示されている。水俣病でも重い差別問題が続いた。被害を認めないことが問題を長引かせたが、福島もそうなってしまうのではないか。原発災害の修復がこじれ、困難なねじれとして続いてしまうことが懸念される。

宗教には分断や差別を超えて人と人とをつなぐ働きがある。例えば、ガンジーはインドの独立に向けて宗教対立を超えるためにこそ宗教的な「非暴力=不殺生」の精神が必要だと訴え、それを実践した。政治が分断を強める方向に動き、人心がそれに抵抗するのが難しいとき、宗教が「つなぐ力」を発揮した例は多い。容易なことではないが、すでにそのような力を発揮している例も見られる。宗教の「つなぐ力」の働きが広がっていくことを期待したい。