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己の悪行善行を量る「功過格」の道徳思想

2013年9月28日付 中外日報(社説)

2世紀の後漢時代に成立した道教の一派の天師道教団では、信者たちに「自隠」させ、些細な罪であれば100歩の道普請をやらせてその罪を帳消しにしたという(『三国志』魏書八・張魯伝の注に引く『典略』)。

「自隠」とはいかなる意味なのか。煩瑣な考証の過程はここでは省略することとして、「隠」は「はかる」と訓ずべきであり、信者各人に自分が犯した罪がどれほどであるのかを計算の上、自己申告させるという意味に違いないとの結論に達した。そう解してよいならば、後世の功過格の思想との関連に思い至るのだ。

自己の行為の功と過、すなわち善行と悪行のそれぞれをプラス何点、マイナス何点と数量化して毎日の就寝前に格(図表欄)の功(善行)ないしは過(悪行)の欄に記入し、月末と年末に集計して善行の励みにするというのが功過格の思想である。

例えば又玄子なる道士が、金の大定11(1171)年に夢の中で授かった教えに基づいて作成したという『太微仙君功過格』。その序に「積善の家には必ず余慶有り、積不善の家には必ず余殃有り(善行を積んだ一家には必ず幸福が子孫に及び、悪行を積んだ一家には必ずまがごとが子孫に及ぶ)」という『易経』の言葉と、「善を積めば則ち之に降すに祥を以てし、悪を造せば則ち之を責めるに禍を以てす」という「道科(道教の規範書)」の言葉を引いた上で、「故に儒道の教えは一として異なる無し」としたように、功過格の思想は儒教と道教を問わず、民衆の道徳として広く行われたのであった。

このような功過格の思想が広く行われるようになるのは中国の近世以後のこととされるのだが、天師道の教法はその先蹤としてよいのではあるまいか。

また注目されるのは、後世の功過格においても道普請が善行のプラス点に数えられていることであって、この点においても天師道の教法との連絡が認められはしないであろうか。すなわち『太微仙君功過格』では功格が合わせて36条、それらが救済門12条、敎典門7条、焚修門5条、用事門12条に分けられており、そのうちの救済門の一条に次のようにある。「道途の嶮阻及び泥水陥没の所を平理すれば、一日一人の功を十功と為す」。険しい道路や泥水で陥没した箇所を修理するならば、1日1人の労働をプラス10点として計算するというのである。直接の関連の有無を確認できるかどうかはともかくとして、興味深い共通性だ。