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社会の在り方を問う「震災関連死」の多発

2013年9月26日付 中外日報(社説)

「震災関連死」という概念は阪神・淡路大震災(平成7年)で生まれた。地震、津波など危急の災難を生き延びながら、その後避難所や仮設住宅の暮らしから生じる心身の疲労、ストレスなどにより体調を崩した末の死をいう。自死を含み、国などの支援が行き届けば避けられた死が少なくない。東日本大震災では、ほぼ2年半たった8月末で阪神・淡路(約920人)の3倍強の2821人に上り、なお増え続けている。半数以上の1539人は福島県民で、いわば「原発事故関連死」である。

震災関連死は遺族が申請し、市町村に震災との因果関係を認定されると弔慰金が支給される。福島県では認定者以外に少なくとも百余人が申請中という。約15万人もの避難が長期化し、今のままでは関連死が県内の震災による直接の死者数1599人を大幅に超えていくのは確実とみられる。

そうした中で自民党の高市早苗・政調会長が6月に「福島原発を含めて、事故によって死亡者が出ている状況ではない」として原発活用の必要性を強調し、厳しい批判を受け撤回したことは記憶に新しい。撤回で済む立場の人とは思えないが、永田町界隈では特異な考え方ではないのだろう。

その後も不用意な発言が続く。2020年夏季五輪の東京誘致委員会のトップがブエノスアイレスの記者会見で、原発事故の東京への影響について「福島とは250キロ離れている」と述べたのはその一つ。福島県民が「東京が安全ならいいのか」と憤ったのもうなずける。安倍晋三首相は国際オリンピック委員会(IOC)の総会で原発事故の健康への影響について「今までも、現在も、将来もまったく問題ないと約束する」と言い切った。これも疑問視する声が上がって当然だった。

いずれも招致成功の歓喜の陰でかすんでしまったが、他に中央省庁の無責任さを示す事例も多々発覚した。共通するのは現場感覚の乏しさだ。被災者の苦境を悲しむ心が欠けているとしか思えない。

さらに懸念されるのが孤独死である。阪神・淡路大震災では仮設・復興住宅で約950人が孤独死した。全てを失った末、アルコール依存などによる緩慢な自死ともいえる無残なケースが多かった。東日本大震災では2年半で仮設住宅での孤独死が81人と聞くが、事態は阪神・淡路より深刻で、もっと増える可能性をはらむ。

災害は社会のぬくもりを試す。人の痛みを思いやるのが釈尊の教えの原点なら、今の世にその教えをもっと輝かさねばならない。