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「核」の非人間性には敏感であり続けたい

2013年9月14日付 中外日報(社説)

ネットで「Duck and Cover」を検索すると、米国連邦民間防衛局が冷戦初期の1951年に制作した10分弱のアニメ映画を鑑賞できる。米国が原爆攻撃を受けたことを想定した公式の民間防衛映画である。訳すと「隠れて覆う」で、いつどこにいても閃光を感じたらすぐ物陰に隠れ、頭の後ろを両手で押さえる。その動作によって「ずっと安全になる」とナレーションが流れる。学校では地震の訓練のように子どもたちが机の下に潜り込む。

ところが、奇妙なことに「隠れて覆う」動作の後の対策が出てこない。つまり放射能に関する文言が一言もない。原爆被害は熱線と爆風だけと認識されていたようだ。広島と長崎では多くの人々が放射線障害で亡くなり、今も苦しむ被爆者が少なくないのに。

「マンハッタン計画」の副責任者だったトマス・ファーレルという人物が終戦翌月の9月6日、東京で海外の特派員相手に「広島・長崎では、死ぬべき者は死んでしまい、9月上旬現在原爆放射能のために苦しんでいる者は皆無だ」と公言したことはよく知られる。原爆の非人道性への国際的な批判を抑えるため放射能の影響を過小評価する意図は明白で、徹底した情報統制も行った。

米国で「隠れて覆う」だけでは核兵器の災禍を逃れられないという認識が形成されたのは、第五福竜丸が被ばくした1954年のビキニ環礁での水爆実験からとされている。しかし、その後も長く原爆は、破壊力は強力でも残虐ではない兵器として位置付けられてきた(高橋博子著『封印されたヒロシマ・ナガサキ』、凱風社)。

米国は今も核兵器の性能実験を絶やさない。だが、ここで問題にしたいのは、実はそのことではない。被爆国日本の「核」に対する感度の鈍さである。それは、例えば今年4月の核拡散防止条約(NPT)に関する国際会議で、日本が米国に配慮し核兵器の非人道性を訴える共同声明への署名を拒否したことに象徴されている。

もう一つは、先日もこの欄で触れた漫画『はだしのゲン』の閲覧制限と撤回に至る混乱劇である。報道では、どうやら問題の核心は当該市教委事務局が作品後半の一部にある旧日本軍の「暴力的で過激」な行為の描写に気を取られ、原爆の罪深さを問う作品の本質を顧みなかったことにあるようだ。教育界の事なかれ主義とは考えたくない。ただ、「核」は人類と共存し得ないという感性をなおざりにすると、またどこかで同じような問題が起こるような気がする。