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武力による防衛策が平和を危機にさらす

2013年8月27日付 中外日報(社説)

核戦略に「相互確証破壊」という概念がある。核保有国同士の一方が核先制攻撃すると、確実に耐え難い核報復を受ける、つまり「恐怖の均衡」で破局が回避されている状態を言い、冷戦時代が例に挙げられる。その理屈だと、逆説的だが飛来する他国の核ミサイルを全て撃ち落とすべく防御態勢を強化すると戦争のリスクは高まる。均衡が崩れるからだ。

隣接国の核兵器に対抗し「抑止力確保」を理由に核武装に乗り出す場合も同様である。いくら「自衛のため」と力説しても国際社会は疑心暗鬼の世界。とりわけ侵略の歴史を持つ日本が核武装へと動き始めたら、武力衝突が不可避の事態を招きかねない。それが「安全保障のジレンマ」といわれるものの内実だ。最近勢いを増す日本の「核武装検討」論は、実に危険な「火遊び」と言うほかない。

「安全保障のジレンマ」の歴史は古く、紀元前5世紀のペロポネソス戦争が古典的な代表例とされる。古代ギリシャのアテネを盟主とするデロス同盟とスパルタが中心のペロポネソス同盟とが30年近く戦った。アテネは民主主義を唱える海洋勢力、スパルタは専制的で陸戦を重視した。戦争の直接的な原因はアテネが戦力を強化したことで、それに恐怖感を持ったスパルタが戦争に訴えた。だが、アテネ側に立てばスパルタの強大化に脅威を感じ戦力強化を図ったわけで、原因はスパルタ側にあるという解釈も生まれる。この戦争にアテネの将軍として参加したトゥキディデスの著作『歴史』から描出できる戦争の構図である。

関西学院大の豊下楢彦教授によると、『歴史』の特色は立場の相反する二つの論理を対比させて、現実を逆の視点で見られる叙述の進め方にあるそうだ。それによって「安全保障のジレンマ」に陥って起こったこの戦争の構図が浮かび上がってくる(同教授著『尖閣問題とは何か』岩波現代文庫)。

この史実は米国と中国との関係を軸に展開する東アジア情勢を連想させる。もとより今の米中両国は深刻な対立をはらみつつ北朝鮮の核問題など共通の利害で戦略的提携を模索しているという違いはある。とはいえ日・米・中など関係各国が自己の主張に固執、他国の脅威をあおり、軍拡に躍起というのが東アジアの実情だろう。

『歴史』に戻ると、トゥキディデスは「安全保障のジレンマ」に陥って戦争になる事態を再び起こさない教訓としてこの著作を書き残したようだ。現代は2500年前の先人の経験に学べない愚者の時代なのかもしれない。