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手っ取り早く解決を求める社会は危うい

2013年7月27日付 中外日報(社説)

「ゴルディウスの結び目」というアレクサンダー大王にまつわる伝説がある。誰も解けないパズルのような結び目を大王は剣の一撃で切断し、後の東征成功の神託を得た。固定観念を廃して活路を開く英雄譚の一種で、大王の部下はその果断な行為に喝采を送ったという。だが、カナダの外交官で日本史研究家でもあったハーバート・ノーマンは歴史随想集『クリオの顔』(岩波文庫)で、少年のころこの物語を読んで期待を裏切られた気分だったと論じている。

ノーマンによると、解く過程が大事な代数学の難問を、前もって答えを調べて解くのに似ていると思ったそうだが、彼の主張のポイントはむしろ次のようなことだ。

歴史は大王のような英雄を中心に語られることが多いが、個人に過大な権力を集中させると、その人物は複雑な社会政治問題を単純で激しい行動に訴え一挙に解決できるという錯覚を起こす。その結果は、しばしば要点を外すか、事態をより悪化させてしまう。

歴史の上では、近道のつもりで武力行使などをするとたいてい行き止まりになった、とも言い、その歴史観に基づいて彼は芭蕉の句「夏草やつわものどもが夢のあと」を、暴力だけで「歴史をつくる」試みの空しさを語っているかのように思うと解釈する。

同書の内容に共鳴させられることが多いが、それは閉塞感を強める社会は軍事的な要素を含め手早く行き詰まりを打開してくれそうな勇ましい言動のとりこになりかねないという経験則からである。今回の参院選の結果にそうした側面が表れているとは思いたくないが、今後注意が必要だろう。

国によると、例えば非正規労働者が2千万人を超えて全体の4割に近く、国民年金保険料の納付率も6割に届かない状態が続き、多くの人々の将来の生活不安が顕在化している。そんな国内事情への不満は領土や歴史問題などをめぐる近隣諸国との対立を増幅させやすく、関係国も固有の事情を抱えて、共に相互不信を解ける政治家が出てこないのがもどかしい。

話を戻すと「クリオ」は歴史の女神だが、ノーマンが描いたこの女神像は軍隊の進撃や政治家の演説には心を動かさない。歴史は名もない勤勉な人々の努力や人間愛によって築かれるという思想がそこにもうかがえるようである。

なお、ノーマンは戦後の昭和天皇とマッカーサーの会談の通訳も務めた。その後米国で共産主義者の疑いをかけられ、1957年に赴任先のカイロで自死したが、カナダ政府が名誉回復を行った。