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憎悪の連鎖断ち切り信頼と共存の関係を

2013年7月18日付 中外日報(社説)

東京・新宿区内の大通りで、ヘイトスピーチのデモに遭遇したことがある。前後左右を制服警官が張り付く中、数十人の男女が練り歩き、スピーカーでがなり立てている。韓国人・在日コリアン排斥を訴え、聞くに堪えない悪罵だ。異様な姿である。こんなことをして一体何の役に立つのか。竹島や従軍慰安婦などの問題でぎくしゃくする日韓関係の傷口を、いたずらに広げるばかりではないか。

ヘイトスピーチとは憎悪表現と訳される。特定のカテゴリーに属する人々を貶め、憎しみをかき立てるような主張が特徴である。インターネットの掲示板などの中にも、口汚い憎悪表現があふれている。そのようなウェブサイトのことを、ヘイトサイトとも言う。

反論もあろう。韓国内における反日的な示威行為だってひどいものではないか、あれこそ日本人へのヘイトスピーチではないか、というわけだ。確かにメディアを通じて入ってくる日本憎しの声は気持ちのよいものではない。国旗を燃やすような過激な映像も目に飛び込んでくる。しかし、だからといって、わが国で同じような示威行動をしてもよいという理由には全くならない。何よりも多くの韓国人は決して反日的ではない。多くの日本人と同様に、両国の健全な関係をどう築いていくか、心を痛めているのである。

その意味で、本紙7月4日付で特集した「韓日・日韓仏教文化交流麻谷寺大会」は、宗教(仏教)を通じ、お互いに信頼と共存の関係づくりを目指した試みとして、大きな意義がある。大会では、未来志向の両国の関係改善を誓う共同宣言をも出した。それが可能だったのは、共に仏教を篤く信じ、仏教に基づく平和共存の普遍的理念と価値観を共有しているからに他ならない。

もちろん、きれいごとばかりでは済まされない問題もある。長崎県対馬市の仏像等の盗難事件をめぐる日韓仏教者の意見の食い違いは、どう解決すべきだろうか。しかし、こんな時だからこそ、仏の慈悲と智慧を仰ぎつつ、長丁場になるかもしれない対話を、今後も根気よく続けていくことが求められる。

ヘイトスピーチは、人間相互の不信感の中から出てくる。ヘイトスピーチを許さないのはもちろん、これを生まない信頼ある関係づくりが大切だ。それならばまさに宗教者こそ、自らの帰依する神仏への信頼に依拠しつつ、その信頼を人間社会にも及ぼし、憎悪の連鎖を親愛の連鎖へと変える役割が期待されるのである。