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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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復興の意味見失う予算の不審な流用

2013年7月13日付 中外日報(社説)

政府の復興予算がまったく被災者・被災地の支援とは異なる事柄に使われている。復興予算の流用問題は深刻だ。

被災地住民の苦難はいまも続いている。福島等の原発被災者の場合、苦難はますます深まっていることも多い。だが、こうした被災者の救援のために必要な費用は計上されない。そうではなくて、例えば鹿児島で震災等緊急雇用対策事業の枠を利用し、ひたすらタニシを取り続けるためにお金が使われているという。流用された1兆円規模の予算が被災地以外に消えていく、という(朝日新聞、7月3日)。

どうしてこのようなことが起こるのか。大きな理由の一つは、政府・官庁が被災者の苦難に触れ訴えを聞き、何が必要なのかに十分耳を傾けようとしていないということだ。福島県の県民健康管理調査は4月に体制が大幅に変わった。これまで福島に移り住んで指揮を執っていた福島医大の山下俊一・副学長は長崎大に帰った。新たな検討委員会が立ち上がったが、多くの委員が国による健康支援の「一元化」を求めている。県外にも多くの被災者がいるのだから、一つの県、一つの大学だけで担いきれるようなものではない。地元は悲鳴を上げているのだが、復興庁も環境省もまったく動こうとしない。

なぜ、このようなことがまかり通っているのか。それは利益誘導の政治体質が克服されていないことだ。公共事業に資金を投じてお金が動くことが復興だと捉えられているからだろう。

官庁ではどのような予算を要求するか、その支出をどう正当化するかに意識が集中しがちだ。だが、被災者が何を必要としているかを知ることには消極的だ。被災者から求められたことに応ずるのは大変だし、被災者からは無策への批判を受けるからだろう。

日本学術会議は6月27日、「原発災害からの回復と復興のために必要な課題と取り組み態勢についての提言」(東日本大震災の被害構造と日本社会の再建の道を探る分科会)を示した。「健康手帳の機能も有する被災者手帳の交付」や「継続的訪問調査の実施体制」などについて提言がなされている。そこには現地を頻繁に訪れて被災者の実情を把握してきた研究者の知見が反映している。

宗教者も地元や被災者に密着した活動を続けざるを得ない立場の人が多い。こうした学術の成果も積極的に反映させて、少しでも被災者の苦境が和らげられるような施策が取られることを願う。