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広島の平和学習で絶句した児童代表

2013年7月9日付 中外日報(社説)

6月1日付の本欄に記したように、今年の5月は、平和学習を兼ねて広島・長崎へ修学旅行をした学校が多かった。大分県のM小学校6年生は5月29日、広島で被爆者の新井俊一郎さんから、その体験の証言を聞いた。

終了後、代表の男子児童が進み出て謝辞を述べようとした。だが「ボクは……」と言ったきり、後が続かない。

新井さんは「私の話にショックを受けたのだね」と言って、児童の肩を抱いた。この子たちはきっと平和の大切さを語り継いでくれるだろうと信じながら。

児童代表が絶句した理由の一つは、あの日の広島では家屋疎開作業に動員された中学生・女学生約6千人の真上で、原爆が爆発したと知ったからだ。その大部分が1年生だった。自分たちと1歳しか違わない。衝撃を受けるのは当然だろう。

さて、68年前に多数の犠牲者を出した各学校は、学制改革で高校となった現在も毎年、追悼行事を行っている。中学併設校は中学を含めて、原爆忌当日か、前後の適当な日が選ばれる。

学校が主催するもの、同窓会・遺族会が主催するもの、両者が共催するものなど、さまざまだ。私学の宗教系学校ではそれぞれの儀礼に従って営むが、公立校は宗教色抜きが多い。

一部の公立校では、浄土真宗門徒の多い土地柄に配慮して、2部形式で営んでいる。前半は学校主催で宗教色抜き。後半は同窓会主催で仏式。導師を迎えて法要を営む。全員、通しで参列する。

平成6(1994)年は、仏教でいう五十回忌だった。この年、各校関係者の一部では「仏教で五十回忌は"とむらいあげ"だ。遺族は高齢化しているし、学校単位の追悼式典は今年限りにしよう」との声が流れたことがある。しかし各校の慰霊碑前には、次の年もその次の年も、ゆかりの人々が集まった。世を去った生徒の親たちに代わって、兄弟姉妹や、その子たちが花を捧げ続けた。

一部の高校は、学校主催だった追悼行事を今年から同窓会主催に切り替えるそうだ。行事そのものの内容に変わりはないし、式場設営や運営には従来通り、在校生が協力する。しかし外部には「今なぜ?」とこの肩代わりに注目する向きもあると聞く。

広島の教育界の平和を願う心情に変わりはないだろう。慰霊祭の主催問題は形式的なことだ。県外から平和学習に訪れる児童・生徒の模範となるべき使命を再認識することを期待したい。