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広報マン志望ではない人の広報活動

2013年6月29日付 中外日報(社説)

国立天文台の渡部潤一・副台長が、初代の広報普及室長を引き受けたのは平成6(1994)年だった。「記者会見を始めたり、天文関連施設との連携ネットワークを作ったり、ホームページを立ち上げるなど、基礎科学の研究所として(広報活動の)先陣を切ったと自負している」とエッセーにつづっている。

渡部さんは以前から、歴代の台長に「広報室を作らないか」と相談を受けていた。しかし広報に携われば自分の研究ができなくなると思い、固辞し続けた。

一転して広報活動を引き受けたのは、高校生らしいグループが国立天文台を見学したいといって訪れたのに、正門の守衛に追い返されたという話を聞いたからだ。せっかくの来訪者を追い返すとは、言語道断。誰かが改革しなくては、と決心した。

「今、国立天文台は誰でも自由に見学できる。あの時正門で追い返された方も、このエッセーを見たら、ぜひもう一度訪れてほしい=要旨」と渡部さんは記す。

作家・有川浩さんの作品がこの春、テレビドラマ・映画化され、注目された。ドラマ化されたのは『空飛ぶ広報室』で、防衛省の空幕で広報活動を担当する人々の物語である。航空自衛隊の飛行機は"人殺し"の道具だと決めてかかる人がいる。基地の実情をPRする映像を作ると、でっち上げだと酷評する評論家がいる。

広報室勤務の自衛官は「理解されないのは努力不足」と考え、さらなる努力を誓い合う。しかも広報室員は本来、パイロットを目指して入隊した面々で、広報マン志望者ではない。その点が、現実の渡部さんと共通している。

映画化されたのは『県庁おもてなし課』だ。来県する観光客をもてなして好印象を与え、県の評価を高めようと「おもてなし課」が新設された。しかし決裁に手間取ったり、前例尊重、総花的配慮を優先させるお役所意識の中、新参広報マンがもたつきながらも成長していく、という物語だ。

さて、日本のカトリック教会で初の"広報担当司教"になったのは、当時の京都教区・田中健一司教だった。1965年に終わった第二バチカン公会議で「諸宗教と協力」することが決まり、日本の教会は仏教界との交流が課題とされた。田中氏は東・西本願寺の京都宗教記者会に日参し、カトリックの新路線を説明する一方、記者から仏教界の実情を学び、有力本山を歴訪した。田中氏もまた、望んでなった広報マンではないのに成果を挙げたことが想起される。