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原発災害なぜ起きた 問いはまだ消えない

2013年5月30日付 中外日報(社説)

原発依存から脱していこうという世論に逆らうかのように、政府と与党は原発の海外輸出を推し進めている。福島原発事故のような過酷事故を経験したからこそ「世界一安全な原発技術を提供できる」(安倍晋三首相)というのであれば、まったくおかしな論理である。どこに過ちや弱さがあったためにこのような災害を引き起こしてしまったのか、検証は始まったばかりだ。収束の見通しも危うく、被害がどれほどのものであるかもまだつかめていない。こんな状況で「日本の原発技術は安全だ」などと言えるだろうか。ふつうの商取引であれば、こんなごまかしが通るはずはない。

実際、世界の報道機関は原発災害への日本政府の対応がいかに被災住民の苦難に応えていないかを繰り返し伝えている。福島県が一元管理して行ってきた県民健康管理調査に対して、被災住民の信頼度は低い。同調査の検討委員会に先立って「秘密会」が開かれ批判を浴びたことは信頼低下に輪を掛けた。他県にも被災者は多いのに、福島県に預けっぱなしの政府の対応も無責任のそしりを免れない。原発災害により落ちた信頼感を回復するにはどうすればよいのだろう。責任感ある人や組織なら答えはおのずから明らかだ。どこに過ちや弱さがあったのかを十分に調べ確かめ、それに沿った改善の道を探ることだ。大きな方向転換が必要という見通しも有力だ。

経済を立て直したい、そのためには原発産業や電力業界を救いたいという考え方を単純に切って捨てることはできない。電力料金が上がって困るのは多くの国民だ。だが、それは被害を無視したり軽視する言説に頼ったりするようなごまかしに乗ったものであってはならない。また電力料金を上げることで国民を脅すようなシステムに頼ってはいけない。こうしたシステムをつくってしまったこと自体に大きな過ちがあった。

このような構造的な欠陥は1950年代に始められた原発導入の歴史の中で形作られたもので、国政次元での検証はほとんどなされていない。過ちがなかったように装うことは成熟した大人がすることではない。どのように過ちや弱さが生じ増幅されたかを明らかにしなくてはならない。そうすることで責任は明らかになる。また、どのように改善していけばよいかも見えてくる。

これによって得られるものは、目先の危うい経済的効果よりはるかにもたらす利益が多いだろう。未来世代への責任を果たすためにもしっかり問い続けるべきだ。