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女性の身になって考えねばならない

2013年5月28日付 中外日報(社説)

先の大戦で焼け野原になった神戸市中心部が進駐軍(米軍)に占領されていたころ。市の首脳たちが、格式ある花街の芸妓を相手に軍の責任者のもとへ通ってほしいと懸命に口説いたことがあった。趣意は言わずもがなである。神戸の戦後裏面史を連載する取材で、終戦時に市政の中枢を担ったNさんから聞かされた。神戸の戦災復興の語り部として欠かせなかったNさんは神戸市街を見下ろすマンションで、進駐軍とのやりとりの苦労など当時の秘話を長時間語ってくれた。30年余り前である。

芸妓の話は、嫌がる若い女性の説得に腐心する市首脳陣の姿を想像させ珍妙でさえあったが、このエピソードはどこか哀切を帯びていた。強いて言うなら、敗戦の屈辱といったものだろう。

国や集団の自己保存のため女性が犠牲に供せられた悲話はよくあるが、現代のジェンダー理論では家父長制社会固有の問題と解釈されるようだ。日本維新の会共同代表の橋下徹・大阪市長の「必要だった」発言で再燃した従軍慰安婦の問題でそれは先鋭に表れる。

家父長制社会の論理では、女性の性への支配は男性の最も基本的な権利と財産であり、それを侵害することは「その女性が所属する男性集団に対する最大の侮辱」になる(岩波現代文庫『ナショナリズムとジェンダー新版』上野千鶴子著から)。ところが、元慰安婦が告発に立ち上がった時、韓国では「民族的自尊心が傷つく」などの理由で個人の賠償請求に強い反対があった。今述べた論理を裏返したような理屈だが、それによって慰安婦制度の被害者の多くが沈黙を迫られたとされる。家父長制の二重の性暴力である。

ジェンダー理論では慰安婦制度は「女性は国家と男性に奉仕するもの」という家父長制社会の産物で、制度の存在自体が構造的な女性への人権差別になる。一方、連合国は東京裁判で日本の慰安婦制度を裁かなかったが、それは家父長制に国境はないからである。

いまの後段部分は「多くの女性の人権を蹂躙したのは日本だけではない」という一部の主張に通じるが、論理の出発点が異なる。

それで言うと冒頭の話は何重もの女性差別だが、Nさんが話してくれたのは国会議員を務め政界を引退した後、戦後40年近くもたっていた。その間、一人の芸妓のことを忘れなかったのは、自己への自省の念が深かったのか。

橋下市長は沖縄の米兵に「風俗業の活用」を勧め、今度は撤回したが、その言葉の軽さは戦争体験の有無と関係するのだろうか。