ニュース画像
多くの人が見守る中、彰義隊墓所で盛大に営まれた150回忌法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

鳥たちのことばを聞き分けた人たち

2013年4月11日付 中外日報(社説)

春の訪れとともに、あちこちから小鳥の囀りが聞かれる。餌をあさって叫ぶ烏の声には閉口だが、小鳥の囀りは耳に快い。一体何を語り合っているのだろうか。

「鳥語」は理解不可能な言葉の代名詞である。後漢時代の抗徐なる人物は宣城県(安徽省南陵県)の県令代理となると森の中の「椎髻鳥語」の民を県城内に移住させたと伝えられる(『後漢書』度尚伝)。「椎髻鳥語」の民とは、髪を後ろに垂らして訳の分からぬ言葉を話す未開の民のことである。

ところが、「鳥語」を聞き分ける異能の人物が存在するらしい。後漢末にパルチアから中国に渡来し、仏典の中国語訳を手掛けた安世高は燕の話す言葉が理解できたという(『高僧伝』巻一)。

そしてまた『論語』に登場する公冶長。彼は、「縲絏の中に在りと雖も其の罪に非ざるなり」、縄で縛られる罪に問われはしたが無実の罪だ、そのように孔子は考え、娘の婿に迎えたという人物である。孔子がなぜそう考えたのか、理由は『論語』には何も語られていないが、6世紀梁の皇侃の『論語』注釈である『論語義疏』は次のような話を紹介している。

公冶長は道すがら号泣している一人の老婆を見つけた。訳を尋ねると、息子が出掛けたまま戻らず、死んでしまったのではなかろうかとのこと。公冶長は言った。「数日前のこと、鳥たちが話し合っているのを耳にしたところ、谷へ肉を食べに行こうとのことだった」。老婆が確かめに出掛けると、果たして息子の遺骸が見つかった。村役人はてっきり公冶長が老婆の息子を殺したのだと疑い、公冶長は投獄される。

それから数日後、公冶長は鳴き騒ぐ雀の声を聞いてにんまりと笑って言った。「かくかくしかじかの所で荷車が横転し、積み荷の黍や粟がぶちまけられた。まだ片付けは終わっていない。ついばみに出掛けようぜ。雀はそう騒いでいるのだ」。人に見にやらせたところ、その通り。かくして公冶長は無事に釈放されたのであった。

他愛もない話だが、楊宣なる人物が同様に桑の木の上で鳴き騒ぐ雀の声を聞き、「覆えりし車の粟有り。此の雀、相随いて往きて之を食らわんと欲するなり」と語ったという話がある。3世紀の陳寿の『益部耆旧伝』に見える話であって、『論語義疏』の公冶長の話は恐らくこれにヒントを得て創作されたものなのであろう。『論語義疏』には、面白いといえば面白いが、『論語』の本筋とはおよそ関係のないこのような類の話が往々にして見られるのだ。