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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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三回忌を過ぎてなお ほど遠い復興への道

2013年3月30日付 中外日報(社説)

「まだこんな状況なんですか」。先日、岩手県の被災地を取材に訪れた際、バスによる「被災地見学ツアー」に参加していた名古屋の客が、陸前高田市で一面の廃虚を前に絶句していた。見渡す限りの荒野の所々に建物の残骸が散在し、車のカーナビには消滅した商店や医院、駅などが示されても、そこが震災前は市街地だったことは想像もできない。3階建てのビルは壁が崩れて慰霊の花束が供えられ、屋上の塔屋最上部に「津波到達水位」と赤線の表示があるのが災禍を生々しく伝える。

近くにある「奇跡の1本松」。1億数千万円もかけて保存処理され、元の場所に巨大なやぐらに囲まれて立つ姿に見学者は多いが、街は「復興」などほど遠いことが実感される。「そんな費用があるなら被災世帯支援に」との声は地元で根強く、市職員からさえ疑問の声を聞いた。

同県では、やはり市街地が壊滅した大槌町で、津波の直撃を受け執務中の職員多数が犠牲になった町役場庁舎が無残な姿をさらす。「保存して災害の記憶を語り継ぐモニュメントに」との動きがあるが、遺族からは「つらい記憶をかき立てるだけ」と一日も早い取り壊しの要望も強かった。日々、復興業務に多忙を極めるある職員は「多大な費用もかかり、各地から応援の自治体職員の方々が年度替わりで交代してしまうのでそれどころではありません」と語った。

以前にも書いたが、モニュメントや記念碑はある種の希望やロマンをもたらす半面、状況を無視して自己目的化してはマイナス面が大きくなる。釜石市の鵜住居防災センターは、普段の防災訓練で避難場所に使われていたことから多数の住民が安全と思って逃げ込み、結果として施設内で100人以上が亡くなった。

保存案にはそんな問題点から反対も強い。仮設祭壇に夥しい鎮魂の供え物が並び、壊れた窓からは周囲の廃虚ばかりが見える建物は、「悲の器」にしか見えない。あの日から2年を過ぎても周囲には今なお瓦礫の山があり、住宅の跡地には片付けられさえしない生活用品が散乱したままだ。

地元で被災者を支える寺の住職は「ロマンで教訓碑を作っても、今回そうだったように10年で忘れ去られる。だが悲しみは20年たっても消えないのです」と言う。

各地から現地を視察や慰問に訪れる宗教者も、復興の掛け声から取り残され悲嘆が癒えることのない人々の気持ち、生活再建さえまだまだという地元の状況をこそ、強く発信すべきだろう。