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宗教的行事を通じて障害者の心を豊かに

2013年3月14日付 中外日報(社説)

「人は、命を終えた後にも人を動かしますね。藤田さんの死去から半年近くになりますが、私たちは遺志実現のため、努力を重ねています」と語るのは、大阪市在住の女性、Aさんである。

藤田さんとは、平成12(2000)年10月、大阪府河南町に知的障害者49人が暮らす「草笛の家」を後援者組織「マイウェイ福祉の会」と共に建設した初代理事長・施設長、藤田武士氏のこと。軽度の知的障害者の福祉と自立を目指し、河南町住民の理解と協力で3階建て、延べ1700平方メートルの施設を建設した。昨年10月7日に死去、67歳だった。

静岡大卒業後、大阪府立「金剛コロニー」など知的にハンディのある人たちのための施設に勤務した後「マイウェイ福祉の会」に迎えられた。「障害者は自立し、社会と共に生きるべきだ」が信念だった。大阪の今宮戎神社の氏子の家に育ったAさんは「草笛の家」建設以前から、長年にわたり藤田氏に協力してきた。

藤田氏は「草笛の家」の他、大阪府枚方、茨木両市に各1カ所、通勤作業所を開設した。知的障害者が健常者と共に、クッキー作りやクリーニング作業に従事、収入を得る施設である。また国が制度化する以前から、グループホームやケアホームを数カ所に開設した。それだけに、昨今、一部のケアホームで火災事故が続くことに心を痛めていたという。

「草笛の家」に入居した「利用者」の心を豊かにするためには、民俗行事や宗教を大切にした。節分、彼岸などの慣習を尊重した他、お盆には一人一人の名を記した提灯をともした。

晩年の藤田氏が気に掛けていたのは、高齢化の問題だ。障害のある「利用者」も、その家族も老いてゆく。初期には親が障害者を支えていたが、今は兄弟姉妹が支える時代だ。やがて身寄りは甥か姪しかいなくなった時に、障害者の"ついのすみか"をどこに求めたらよいか。大阪府南部の特別養護老人ホームは6千人の順番待ちという。「これが藤田さんから託された課題です。遺志にどう応えるか。後援会員はその問題に取り組んでいます」とAさん。

さて、関係者はあまり語ろうとしないが、もう一つ問題点がありはしないか。それは知的障害者の家庭での葬儀や法事などの宗教行事に、障害者が参加する機会の少ないことだ。家の行事への参加なくして、社会生活への参加はあり得ない。藤田氏の遺影がそう語っているような気がする。宗教者の答えを聞きたい。