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エゴイズムの克服と個人・社会の健全性

2013年2月21日付 中外日報(社説)

がんは死因の第1位を占め健康の大敵だが、がん細胞の振る舞いは妙に人間くさいところがある。

からだの内部では毎日複数個のがん細胞が発生するけれども、大部分はからだの防衛機構によって破壊されるのだという。しかし生き残るものがあって、これはよほど有能な細胞であるに違いない。

生き残ったがん細胞は免疫細胞などと戦いながら、長期にわたって実に辛抱強い努力を重ね、仲間を増やしてゆく。健康な細胞が自分の位置と役割を心得ていて身体の健康維持に貢献するのとは違って、がん細胞はひたすら仲間を増やすことに専念する。からだ全体の健全さを考慮することがないどころか、酵素を出してがんの中に血管を引き込み、栄養を横取りし、代わりに毒素を排出する。

こうして自分たちばかり増殖し肥え太って、身体の組織を破壊し、身体を弱らせるのである。がん細胞はこのように有能で努力家で活動的なのだが、体内新生物などと呼称される割には、生物としては極めて愚かである。力を尽くして活動する結果、宿主のからだを破壊して死に至らしめ、結局は自分も死んでしまうからである。

病気をもたらす細胞やウイルスなら、病人の外に出て新しい宿主を捜し、これに取り付いては繁殖するけれども、がん細胞には感染性がないから宿主と一緒に死んでしまう。大局的に見れば病原菌でも同じことだといえるが、生物の戦略として極めて拙劣である。

かくも愚かなのは、あまりにも自分中心的でなんら他者の益にならず、他者と共についには自分自身を滅ぼすからである。要するにもっぱら自己中心的な生物は、いかに有能で辛抱強い努力家であっても、結局は愚かだということだ。がん細胞が妙に人間くさいというのはこの点である。

言い換えれば単に自分中心的な人間は、優れた能力を持ち辛抱強く熱心に働いても、実はがんに似ているのである。ひどい言辞だと思われるかもしれないが、例えば満州事変以後の帝国陸軍はがんと似た仕方で強大となり、日本全体を戦争に引き込んで敗戦に至らしめ、自分自身をも滅ぼしたのではないだろうか。

宗教は個人と社会の健全さを求めてきた。自己中心的ながんが健康の大敵なら、自己中心性は社会の大敵である。むろん大敵は人間ではない。がん細胞と違って人間は変わることができる。大敵はエゴイズムそのものである。宗教は多様なエゴイズムの本質を徹見してこれを滅ぼし、人間生活を守るべきなのである。