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次期教皇選出会議は日本人枢機卿抜きで

2013年2月16日付 中外日報(社説)

ローマ教皇の生前の退位表明は中世以来、約600年ぶりであるという。85歳のベネディクト16世が、2月末限りで退位すると表明したことは、カトリック教徒だけでなく、世界中の人々に驚きをもって受け止められた。

前教皇ヨハネ・パウロ2世が、席の温まる間もなく世界各国に飛び、外向きに平和外交を展開したのに対し、ベネディクト16世は内向きとの印象が強かった。在位8年間に、生命や宗教の価値観の大切さを説き続けた。また同性愛者同士の結婚を認めないなど、保守的な姿勢を貫いた。

2005年4月に第265代教皇に選出された際、すでに78歳だったから、外向きの活動が思うに任せなかったのかもしれない。内向きの努力にもかかわらず、聖職者の児童虐待や執事による秘密文書流出などのスキャンダルが続いたのは、気の毒なことだった。

けれども在位中にトルコやレバノンを訪問し、謁見式の公用語としてアラビア語を採用、イスラム世界との関係改善に努力したのは注目される。

ベネディクト路線を一言で言うと、前教皇の残した仕事の継承と発展だった。ポーランド出身のヨハネ・パウロ2世に対し、ベネディクト16世はドイツ生まれ。ヨーロッパの歴史ではソリの合わないとされる国柄だが、2代の教皇はバチカンで長年にわたり協力し合ってきた。あらゆる場で先輩ヨハネ・パウロ2世を立てるベネディクト16世の態度が、両国のカトリック教徒の協調機運を盛り立てたと評価されている。

ところで日本のカトリック教会は、昭和35(1960)年に当時の土井辰雄・東京大司教が枢機卿に任命されて以来、少なくとも1人の枢機卿が存在する慣例だったが、濱尾文郎、白柳誠一両氏の相次ぐ死去の後、ベネディクト16世時代にはついに後任が発令されなかった。

日本の司教協議会が、伝統を破るミサ方式で信者を獲得してきた新興宣教団体「新求道共同体」の受け入れを拒否したこと、しかもその後の日本の教勢が伸び悩んでいることに、教皇周辺の高位聖職者が不快感を示したため、との見方をする人もある。

その一方では「バチカンはアジアへの宣教を重視している。その一環として教皇は、日本の司教陣全体が、さらに一回りも二回りも大きくなるのを待っていた」との声も聞く。80歳未満の枢機卿が後任教皇を選ぶコンクラーベ(選出会議)は日本人枢機卿抜きで行われる。結果を注目したい。