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「災後日本」に必要な視野の歴史的な転換

2013年1月1日付 中外日報(社説)

東日本大震災と福島原発事故が起こった平成23年3月11日は、日本史の大きな転換点と位置付けられるようになるだろう。数多くの人々の尊い生命が失われたことを心に刻み、なお苦難と厳しい生活を強いられている被災者に思いを致しながら、3・11の歴史的転換の意味を考え続けていきたい。

敗戦の日8・15から67年を経て「戦後」という言葉はもはやリアリティーを持ちにくい。代わって3・11後を「災後」という言葉で指すのがよいと考える人もいる。日本社会が根本的に方向を変えるような巨大な経験をした点で3・11は8・15に次ぐものだった。

ある歴史家は維新後の国家目標「富国強兵」のうち「強兵」は8・15で終わったが、戦後は新たな形で「富国」が継続された。しかし、3・11は「富国」を根本から省みる機会になったという。経済発展にこそ希望を託すような社会の在り方が変わるという意味だ。

福島原発災害の深刻さは原発推進に関わり経済発展という目標が最優先されてきた危うさをあらわにした。事故を起こさないよう、放射線の健康被害が起こらないよう最大限の配慮をすべきだったにもかかわらず、政官財学報の各界は経済的利益を高めるため、起こり得る事故や被害を過小評価するのに多大な力を注ぎ、情報を隠し誇大な安全宣伝を熱心に行った。

津波の被災地でもそうだが、農業や漁業や畜産業に携わってきた人々の被害は甚大だ。経済成長こそが幸福の源泉と考えると、新たに開発される最先端科学技術ばかりに期待をかけることになる。科学者は経済成長を推し進める機関との連携を強め、経済発展に関わりが薄いが人間生活にとって極めて重要な領域は軽視されていく。原発で働く作業員や事故被災者、また膨大な量の放射性廃棄物を持て余すに違いない未来の世代の人々の尊い生命と健康が視野の外に置かれる。

一国の生活が潤いある、深みと心の豊かさを備えたものになるためには宗教や倫理、それと密接な関わりを持つ文化が大切である。これらは人と人の豊かな交わりの基礎となるものだ。経済発展至上主義を進めると、そのような意味での生活の基盤が軽んじられる。

3・11後の日本社会を「災後日本」と呼ぶとすれば、そこでは幸福な生活について視野の転換が求められる。経済成長は望ましい。しかし、人間らしい生活の基盤を破壊して進められる経済成長はそうではない。この認識を分かち合い具体化していくことは、災後日本の重い課題となる。