ニュース画像
多くの人が見守る中、彰義隊墓所で盛大に営まれた150回忌法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

一般教養の学習が足りないとの反省

2012年12月15日付 中外日報(社説)

「南北戦争の時代に、日本はどんな国だったのかと問われて、答えることができませんでした」と告白するのは、民放キー局の報道局で活躍した元記者のAさんである。Aさんは現職の時代に、何度もドキュメンタリー番組の制作に関わった。

3カ月にわたり、ニューヨークで映像取材を続けた時、アメリカ人の仕事仲間から歴史について何度も質問を受けたという。「日本の歴史はある程度知っていましたが、それを外国の歴史と並行して考えることができませんでした。大学でのリベラルアーツ(一般教養)の勉強が足りなかったと反省しました」

Aさんが学んだ大学では、第1年度で一般教養を学び、第2年度以降はそれぞれの学部で専門課程を学ぶ仕組みだった。

ところが各大学とも「社会に出てすぐ役に立つ」人材を養成しなければ就職戦線に後れを取るとする風潮が高まる。一般教養の時間は削りに削られ、4年間のほとんどが専門教育になってしまった。だから、極端な形容をすると"専門バカ"的な卒業生ばかりを輩出することになる。

「アメリカの仲間と話し合っていると、ギリシャ神話の神の名が出てくることが多い。神の名や、何の神であるかを知らないと、会話ができません。英語が話せるだけでは駄目です」

Aさんの話は続く。「茶道や、生け花について説明を求められることがあるが、答えられない。ゼン・ブディズム(禅)を教えてほしいと言われた時は、冷や汗が出ました」。専門は社会へ出てからでも学べる。大学ではもっとリベラルアーツの学習を、がAさんの主張である。

Aさんのこの願いに応えるかのように、一部の大学では教養課程の再構築に力を入れ始めた。リベラルアーツ専攻を掲げる大学もあるようだ。

大学新設の審査基準が甘いとの理由で、所管大臣が認可に待ったをかけたことが話題になった。主たる論点は、入学する学生の偏差値にあったと記憶する。既設の大学でも、学力の底上げに苦労する話を聞かされる。Aさんの話は、偏差値が高いとされる大学にも共通する問題であろう。

Aさんの話の中に、ギリシャ神話の神のことが登場した。だが社会では、日本神話に出てくる神の名が語られないことを指摘する人もいる。わが国の古代を代表する人物がヒミコだけでよいか、という問題だ。神社界からの議論提起を期待したいところである。