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過重な基地の負担が争点にならぬ総選挙

2012年12月1日付 中外日報(社説)

差別は人の尊厳を踏みにじり、社会を分断する。差別される苦しみに無関心な人間は自己の尊厳も守れない。「自他不二」である。だが、仏教の平等観に反する事象が昨今、目に余る。寒々しい現下の政治とも無縁ではなかろう。ここでは沖縄問題を挙げてみたい。

米軍基地が集中し、過重な負担に苦しむ沖縄から「構造的差別」という言葉が聞かれて久しい。先日、新たに県ぐるみの猛反対を押し切って事故の相次ぐ新型輸送機オスプレイが普天間基地に配備された。米兵による集団強姦致傷事件など基地絡みの犯罪も続発する。だが、沖縄の痛みを何とかせねばという本土側の動きは依然、限られた市民にとどまる。それどころか中国脅威論の高まりを、配備されたオスプレイの「抑止力」PRに利用する向きさえあるようだ。沖縄を度重なる犠牲に供して恥じるところがない。これが真っ当な国の姿といえるだろうか。

少し前だが、基地の過重負担に苦しむ沖縄県民にとりオスプレイ配備は「傷口に塩を塗りこむものだ」「米政府には沖縄の負担を軽減し、県民の懸念に耳を傾ける義務がある」との社説が掲載された。日本メディアではない。米国ニューヨーク・タイムズである。

オスプレイは航続距離が長いことと低空飛行が運用のポイントのようだが、低空飛行訓練はニューメキシコ、ハワイ両州で中止された。先住民族の遺跡に悪影響があるなどの理由だという。一方、人口密集地の普天間基地のオスプレイは沖縄と日本全土で低空飛行訓練を行う。おかしな話だが、もう一つ疑問を呈しておきたい。

低空飛行するのは敵のレーダーをかいくぐって進入するためというが、実際にその必要性が生じるのはどのような事態なのか。答えを「抑止力」からは導きにくい。マスメディアも掘り下げて報道してくれないので不明だが、日本は専守防衛を国是とする国である。仮に敵国を先制攻撃するような事態が想定されているのであれば、当然その是非がもっと議論されるべきである。政府も「日米安保条約上、運用は米軍任せ」と人ごとのような顔では済ませられまい。

オスプレイの安全性だけの問題ではないわけだ。沖縄では「オスプレイは戦地に行って人を殺す。私たちの空をそのために使わないで」という訴えを聞く。仏教徒には、心に響く問い掛けである。

領土紛争を機に、今回の総選挙は安保・防衛問題で勇ましい言葉が飛び交うが、渦中の沖縄の願いは素通りのようだ。またも本土のエゴを露呈するのだろうか。