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原発は多神教風土になじまぬ技術である

2012年11月22日付 中外日報(社説)

化石燃料と違って原子核を分裂させ膨大なエネルギーを得る原子力は、地球の生態圏に属する技術ではない。宗教でいうと、超越的なものを思考に持ち込んだ一神教の発想に似た技術――という主張がある。仏教の考え方ではうなずけるのだが、その言説が「3・11」以後に出てきたことで、キリスト教などから「一神教が人類を危うくするかのように聞こえる」と反発が出ているようである。

誤解のないように付言すると、一神教には絶対神と人間との間にイエス・キリストのような媒介役を置くなど「荒ぶる神」を鎮める知恵が働いてきた。一方、多神教的風土の日本は「荒ぶる神」ならぬ原子力の危険性への気配りが欠け、暴走を止める工夫が不十分なまま原発をどんどん増やしてしまった。福島第1原発の事故はその結果だったというのが一神教・原発類似論者の論点で、宗教の優劣を論じようとしているのではない(例えば内田樹、中沢新一対談集『日本の文脈』、角川書店)。

唯一の被爆国で「地震列島」日本の原発受容には本来、無理があったという道理を宗教的な側面から説いたとも読める興味深いものだが、宗教的倫理と「核」という筆者の手に余るテーマをはらんでおり、深入りは控えたい。ただ、この話と関連して最近、気に掛かることがある。一部の専門家の見解として「米国が日本に核燃料サイクルの確立を期待している」と報じられていることである(10月17日毎日新聞夕刊など)。

原発の使用済み核燃料からウラン、プルトニウムを取り出し(再処理)、再利用する構想が核燃料サイクルだが、再処理技術が難しく六ケ所村の再処理工場は稼働の見通しが立たない。世界でも再処理している国は少なく、米国は政策的に再処理をしない。一方で原発は新興国にも広がり、使用済み核燃料の拡散で核テロの恐れもある。だから米国は同盟国日本に再処理させたいというわけだ。日本は核のごみを引き受ける役割を期待されていることになる。

以前にもこの欄で触れたが、野田政権が2030年代に原発ゼロを目指すエネルギー戦略を決めながら閣議決定を避けた裏に、米国の「圧力」があったといわれている。同戦略では、原発ゼロ政策と矛盾する核燃料サイクルの継続方針も示されたが、どうやらこれも同じ図式のように見えてくる。

再処理事業には原発以上のリスクとコストがかかるという。米国の意向を気にするあまり「荒ぶる神」の怖さを失念しては、再び破滅的な事態を招きかねない。