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科学技術の発展が求める宗教の智恵

2012年11月20日付 中外日報(社説)

山中伸弥教授のノーベル賞受賞は日本国民にとってうれしい知らせだった。山中教授が創出したiPS細胞は再生医療を急速に発展させ、難病の治療などで多くの福利をもたらす可能性がある。だが山中教授も度々指摘しているように、iPS細胞などによる再生医療の拡充によって、人類社会は多くの困難な生命倫理問題に直面することが予想されもする。

マウスではiPS細胞から卵子や精子を作ることが可能で、マウス個体を「作る」こともできるようになっている。人を「作る」ことも間もなくできるようになるだろう。動物の中に人間の臓器(例えば心臓)を作り移植するという目標も意識されているが、これは動物と人間の混じった生物体・キメラを作ることに通じている。

人為的に人を作ることができるのと並んで、生まれてほしいタイプの子どもを選ぶ可能性が高まる。それは卵子や精子の提供による非配偶者間人工授精や、体外受精した受精卵を選んで子宮に戻す着床前診断等ですでに一部の国で行われていることだが、生殖細胞の作成により子どもを「選ぶ」姿勢がさらに加速されかねない。

こうした問題で、私たちは「いのちとは何か」「なにゆえにいのちは尊いのか」という生命倫理の問題にぶつかる。宗教はこの問いに答えを出す力を持っている。宗教なしにこの問題に答えるのは容易でないのだ。事実、西洋から取り込まれる生命倫理の議論では、いつの間にかキリスト教の伝統に基づく思考法が混じり込んでいることが多い。「人間の尊厳」という概念はその良い例だ。「神の似姿としての人間」という信念を脱するのが容易でない。日本人には「掛け替えのないいのち」「いのちを授かる」などの言い方がしっくりするが、これは「人間の尊厳」とどう関わるのか。

特定の宗教や文化伝統の内側から問題を考えるのも意義がある。だが、多様な宗教伝統の間で、特定宗教伝統を超え、宗教を信じるか否かも超えて通用する考え方へと展開できなければ、広い範囲の市民の討議に資することはできないだろう。宗教の智恵が試される場面だ。容易でない課題だが、今後、世界の生命倫理でますます重要な課題となるだろう。

科学技術がもたらす倫理的な難問に対し、宗教に智恵が求められる機会は増大している。原発問題で、日本の宗教界が一定の反応を示し、多くの声明や意見表明がなされたことも思い出される。宗教伝統から響いてくる声に、人類社会が耳を傾け始めているのだ。