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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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医療の是非見極めて 選択権は患者にある

2012年11月6日付 中外日報(社説)

中部地方の大学病院が、患者への抗がん剤投与の点滴パックの「毒」表示を取りやめる検討をしている。非常に強い作用があり、看護師ら職員の危険防止に取り扱い注意を促すため薬品名の前に「毒」の表示があるが、患者らの違和感に配慮した措置という。

抗がん剤はがん細胞だけでなく正常細胞にも打撃を与える。調剤する時も防護服やゴーグルを使用するし、投与後48時間は、患者の排泄物でも厳重な管理が必要なほどだ。それほど「猛毒」であることは、比較的知られてはいても一般の意識からは抜け落ちやすい。

この話が出たのは京都での「自分の死を考える集い」という市民の勉強会。最近、著書『大往生したけりゃ医療とかかわるな』がベストセラーになった中村仁一医師が主宰し、次回11月例会で200回目を迎える。終末期医療や葬送・エンディング問題をテーマに16年間も続き、このところは同書の大反響で盛況だが、中村医師の主張は終始、ブレてはいない。

「医療は本来、『やってみなければ分からない』不確実なもの」と明確に指摘し、過度な期待を戒めるとともに、「情報をよく知って自分で決めることが大事」と強調する。例えば、病院で取りあえず実施する点滴は栄養分がほとんどスポーツドリンク以下。CT検査の被曝量は2回で原発事故での「避難」レベル。がんでも「痛まない」例が結構ある――とする。

自分で判断するためには、治療のプラス面マイナス面を納得いくまで聞くことが必要で、尊大でそれに対応しないような医者は「願い下げにすべきです」と語る。確かに、選択に当たって「9割方、大丈夫です」と言われても、自分は「1割」の方かもしれないし、深刻な事態になっても痛むのは患者の方であって医師ではない。

「主権在患」。医療をどう使うかはクオリティー・オブ・ライフ(生活の質)を考えた患者の「生き方」の問題だというのが、中村医師の一貫した訴えだ。患者のためにならないなら「何もしないでじっと見守るのが大事」。家族には大変な忍耐が求められるが、それはまるで、傾聴に取り組む宗教者の寄り添い姿勢のようだ。

もちろん、最後まで諦めず納得がいくまで延命措置を受けたいという意見もある。要は自分の命なのだから、自由意思で自己決定することだ。これから人生の黄昏を迎える団塊の世代を中心に末期医療への関心が高まり、自由で賢い患者になろうとする機運の表れが例会の盛況なら、歓迎すべきことだろう。