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深刻化するいじめ 大人社会の問題だ

2012年10月30日付 中外日報(社説)

自殺防止のための「いのちの電話」を運用するNPOが先日開いた集いで、大阪市の元市立中学校長が「いじめの構造は30年前から何も変わっていない」と嘆いていた。日本の学校でのいじめは国連子どもの権利委員会でも懸念が表明され、国際的に知られるに至っている。だが、一向に改善の兆しが見えないのは大人社会の病理を映しているからだという。その根の深さに暗然とする。

「30年前」で思い出すのは昭和61年の東京・中野富士見中の生徒の自殺である。「このままじゃ生きジゴクになっちゃうよ」と遺書が残されていた。日常的ないじめと異常な「葬式ごっこ」が行われ、いじめ自殺が注目される契機になったが、以後も陰湿な出来事が頻々と起こる。その都度教育現場の閉鎖性や事なかれ主義が批判され、やがて忘れられた。文部科学省によると昨年度に発覚した学校のいじめは約7万件に上る。

上記の集いは大津市でいじめを受けていた中学生が自殺した問題を主題に教育関係者や精神科医を招き話し合った。要約すると――少人数の集団が特定の弱者を攻撃して優越感を持ち、いじめとは言えないほど残酷な暴力に及ぶ。周囲の子どもたちは見て見ぬふりをし、被害者は「生まれてこなければよかった」と悲観する。教師も教育行政の管理強化などで精神的な抑圧状態に置かれている。いじめは社会のゆがみを反映し、大津の事件は典型例でどこでも起こり得る。まず、大人社会の問題と認識しないと改善も望めない――。

この事件は昨年10月に起こり、市教委が他の生徒の「自殺した生徒は自殺の練習をさせられていた」という証言を隠ぺいしていたことが今年7月に判明、集中豪雨的に報道され始めた。数々の言説の中で目を引いた有識者の意見を二つだけ紹介しておきたい。

一つは、いじめが「死に追い込むゲーム」化し始めたという指摘である。命を軽んじる世相の表れとしたら恐ろしい。もう一つは見て見ぬふりしていたという生徒たちが反省を語る、その言葉の軽さへの懸念である。そつのない模範解答然とし友を救うため自分に何かできたのでは、など自己への問いと心の苦しみが見えてこない。どこか「無縁社会」に通じる人間関係の希薄さがうかがえ、今の世を見るようだというのである。

冒頭に触れた国連子どもの権利委員会は、日本の学校でのいじめや自殺の一因として受験戦争をはじめ過剰な競争社会の影響を挙げている。即効薬はないにしても、放置はできない警告であろう。