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いのち扱う倫理問題 宗教者も積極論議を

2012年10月25日付 中外日報(社説)

ノーベル医学・生理学賞受賞が決まった山中伸弥・京都大教授は研究過程で、マウスの肝臓細胞から作ったiPS細胞を母マウスに移植して子供を産ませたところ、全身がこの肝臓細胞に由来するマウスが誕生した。「人類が誰もやったことのないことをしているんだよ」。山中教授は思わず、研究員にそう言ったという。

「肝臓の細胞から新しい生命を作り出したんだ」。教授にインタビューした『生命の未来を変えた男』(文藝春秋刊)に出てくるエピソードだが、実験がいわば「神の領域」に入り込んだことへのある種の畏怖心の表現だろう。

世界から注目を集める山中教授は、当初から「生命倫理」については大きな配慮が必要だと強調している。そもそもiPS細胞開発の動機が、ヒトの受精卵を使うES細胞の倫理問題を克服することだった。「皮膚細胞から精子も卵子も作って、受精させて新しい生命を作るという研究もあり得るわけで、間違いなく倫理的問題もはらんでいる」(同書)との発言は受賞決定会見でも聞かれた。

だから、本当に人間に応用しても大丈夫かを確かめる臨床試験も「効果を見るというよりは安全性を見るために実施する」と語っているし、創薬への応用でも「(結果を出すには)時間がかかる。焦るといろんな副作用などで結局、患者さんを苦しめてしまうことになりかねないですから」とあくまで慎重だ。透明性が一番大事、とも言っている。

人間は指や足を切断したらイモリのように生えてはこない、というのは常識だが、それは現状がそうであって、本当はそういう能力が人間に潜んでいることがiPS細胞研究の延長で分かる可能性もある。「夢の細胞」といわれるゆえんだが、しかし、自分の皮膚細胞から網膜が再生できても、複雑な構造の集合である眼球という器官が作れるわけではない。

また、教授自身が危惧するように「デザイナーズベイビー」が勝手に作られる恐れもある。超一流運動選手や学者の精子は米国では現に販売されている。軍事目的への悪用も懸念される。特許を京都大で管理するのも、世界中にそれを自由に使ってもらい、営利企業などに独占させないためという。

「偶然の大発見」は、他の多くの研究にチャレンジを促す大きな効果を生んだ。それは同時に、科学者の倫理を問い直す大きな契機でもあり、山中教授も指摘するように「広く一般社会で論議する問題」だ。命の専門家たる宗教者がそこに参加すべきなのは当然だ。