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戦争の実態を語る最も地味な展示物

2012年10月13日付 中外日報(社説)

「大学は宝箱!」という展覧会が、京都大総合博物館で開かれている。昨年結成された「京都・大学ミュージアム連携」による初の合同展である。京都市内各大学の博物館、資料館、美術館など15施設持ち寄りの「選りすぐった」文化遺産100余点を、一堂に展示したものだ。

大谷大博物館は親鸞聖人直筆の「皇太子聖徳奉讃」を、花園大歴史博物館は白隠禅師の描いた「柿本人麻呂図」を出展するなど、一般の博物館とは一味違った逸品ぞろいである。

その中で、立命館大国際平和ミュージアムからは、古ぼけた手帳と、古い紙片をとじ合わせた日記帳が展示されている。これは平成21年10月6日の本欄で紹介した『中支戦線従軍日誌・ある通信兵の前線と銃後』=京都・文理閣刊=の原本である。

この冊子は、京都市山科区在住の大阪経済法科大名誉教授・中村浩爾氏(法学博士)が、父親の故・數夫氏の書き残した戦時中の日記を、2人の妹の協力で判読して公刊した。

數夫氏は広島市の爆心地に近い中区本川町の出身。京都大経済学部を卒業後、神戸製鋼所門司工場(北九州市・現在は分社化)に勤務した。昭和13(1938)年に広島の歩兵第11連隊に入隊し、翌年10月から約半年間、通信担当の下士官として中国戦線に派遣された体験や見聞を「従軍日誌」として書きつづっている。

また除隊して職場に復帰してからは、空襲下の市民生活の実態を「戦時日記」として記した。出展されたのは、紙もインクもかなり色あせた原本で、そばには参観者のために内容を印字したパネルが添えられている。

特に「従軍日誌」では、日本の兵士らが村落へ向け無差別に発砲したり、農家が飼っている家畜を「徴発」して食料にしたことが率直に記述されている。

中国では「加害者」の側にあった數夫氏が、復員して一市民となってからは、米軍機の空襲におびえる「被害者」となった。近代戦争では、戦場と銃後の区別がないことが分かる。

中村氏は出版後、日記の現物を立命館大国際平和ミュージアムに寄託した。

同ミュージアムは、戦争の実態を伝える貴重な遺産の一つとして「大学は宝箱!」展に出展した。国宝や重文も並ぶ会場では最も地味な展示物だが、一市民による戦争の記録として、數夫氏の遺志を読み取りたい。会期は11月25日まで。月、火曜は休館。