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宗門の人材確保はどうすれば可能か

2012年10月11日付 中外日報(社説)

伝統仏教教団にとって、寺檀関係の弱体化や葬式離れなどと共に深刻なのは後継者の問題だ。檀家数の少ない寺院では経済的に自立するのが困難なので、住職のなり手を見つけるのは難しい。多くの寺院が正住職を任命できず、長年、近隣の縁故寺院住職などが兼務する状態が続く。

経済的基盤の弱い寺院では檀家の側も、正住職を迎えることで負担が重くなることを嫌い、兼務住職が葬式、法事を行ってくれることで満足するケースも少なくない。限界集落などといわれる過疎地では、寺院を支える地域の社会構造が変化し、正住職を迎えるどころか、寺の本堂の維持すら難しくなりつつある。

教団の中には、檀家の布施だけでは護持できない寺に入り、宗教者としての自覚のもと、定年後の第二の人生を世間のために役立ててもらう、というプランを進めているところもある。条件が合うかどうかは難しいだろうが、人材さえ得ることができれば、地方の、檀徒が少ない寺でも宗教活動の拠点として十分有効に活用できる、という発想だ。

他方、伝統教団の後継者問題は僧侶の資質の問題でもある。

明治まで親子など血縁関係で住職を継ぐことがなかった宗派でも、今や世襲数代目という寺院が一般的だ。住職の地位が単なる家業になり、寺がイエ化するのは問題だが、寺の子が寺を継ぐのが悪いわけではない。世襲は親のエゴではなく、不可避の選択である場合も多い。公務員、教師など兼職で辛うじて支えている寺で、寺を守るため子弟が父親同様、いわゆる二足の草鞋を続けて苦闘している話もよく聞く。

その一方で、経済的基盤がしっかりした寺でも、子息にあとを継がせるのに苦労しているといった悩みがある。継がせること自体が目的化し、菩提心など肝心な部分が二の次に回されると、やがて住職としての資質が問われる事態になりかねない。

宗門側は研修会等で僧侶としての資質の向上、宗教法人の代表役員として持つべき知識の教育などを進めているが、「出席してほしい人がなかなか出てこない」傾向がある、としばしばいわれる。

宗門全体を一つの生命体としてみると、どうやら不健康の自覚症状がさまざまなところに出始めているようだ。宗門自体の世俗化は困るが、それぞれの独自の宗教的価値体系を自閉的な人間関係の中で守る必要はない。積極的に外から新しい血を導入し、全体に刺激を与えることも必要だろう。