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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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闇中に祈りの心描く 苦に生きる人間存在

2012年9月27日付 中外日報(社説)

画家と描かれた人、二つの命が交錯し、発せられた火花で人間存在の深淵が闇の中から照らし出されるようだ。各地を巡回中の「木下晋展 祈りの心」で衝撃的な作品に接し、深い感銘を受けた。

濃淡の鉛筆だけを使って1人の人物を、まるでその生きざまをえぐり出すように、克明に描く。合掌する手だけ、全身でも斜め上からの後ろ姿など独特のアングル。皮膚の肌理や髪の1本1本を硬い5Hの針のような先で、灰色や黒一色の背景でも決してベタ塗りではなく3Bなどで細かい線を何千回も引き重ねていく。

そんな描法で相対する対象は、ホームレスや老職人、認知症の高齢者ら社会の片隅に追いやられながらも生きる人々だが、ヒューマニズムや「同情」といった概念が甘く感じられるほど凄味がある。

自身が貧乏で幼時に一家が離散、父は事故死し、生活苦の中で独学した。幼い自分を捨て、憎しみ合いさえした母の肖像。木下は対話しながら、徘徊癖がある老母の髪をほどいたしわだらけの半裸姿を描き、人間を描写する原点となった。続いて、盲目の旅芸人・老いた瞽女の連作。うずくまる表情のクローズアップでは、白濁した両眼、歴史を刻んだような目元の深いしわが苦難を物語る。

「生まれ変われることがあるなら、虫でもいいから目明きになりたい」という彼女の言葉。「孤独を描きたいわけではなく、孤独を生きる人のことを知りたい。大事なことは描くことより、その人を知っていくこと」。木下の姿勢はまさしく宗教者のそれだ。

そして、長年交流する元ハンセン病患者の桜井哲夫さんの87歳の像。顔面は崩れ失明して左眼を摘出した頭を垂れ、全ての指が失われた両手を合わせて祈る姿は、漆黒の闇から鑑賞者の心をわしづかみにする。桜井さんは詩人で、命を謳う作品が多い。若くして療養所に隔離、仏教書に救いを求めたが、戦前戦後の患者差別の中で所内結婚でできた子供を堕胎させられ、断種までされて絶望した。

だが、半世紀以上もの苦難の末に「らいは天が与えた職だ 長い長い天の職を俺は素直に務めてきた 呪いながら厭いながら 終わりの日の喜びのために」との作品を書くまでになった。東日本大震災の災禍を聞いて祈るその姿を、請われて描いた木下の作品は神々しささえ感じさせる。

その完成を待たずに昨年末、桜井さんは「終わりの日」を迎えたが、この絵は、苦の中に生きる人間の本質とは、と宗教の根本に突き刺さり続ける。