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地方舞台のドラマで方言が話せぬ出演者

2012年9月15日付 中外日報(社説)

かなり前のことだが、ある全国紙がコラムで、青森の会話を紹介したことがある。冬の夜の路上で「どさ」と問うと「ゆさ」と答える。どこへ行くのかと問われて、湯(銭湯)へ行くとの返事だという。寒い青森では、口の動きが極端に少なくなるとか。

東京の言葉を標準語といい、地方の言葉を方言という。背景に、中央重視の意識がある。地元の方言にコンプレックスを感じる地方もあるようだ。筆者はある地方への観光旅行で、休憩中のバスガイド同士が「きょう、ナマっちゃった」と告白し合うのを聞いた。乗務中は標準語で、としつけられているのだろうか。だが先述の「どさ」「ゆさ」会話は、標準語が太刀打ちできない、簡にして要を得た心豊かな表現だ。

民放のドラマは、ほとんどが東京のキー局制作である。でも視聴者の関心を引くためか、舞台を地方に設定したものも多い。先日の旅情ドラマは、新潟県の佐渡だった。たらい舟を背景にした主演級俳優の会話は、標準語である。台本では、佐渡で生まれ育った役柄のはずなのに。

途中で、通行人の脇役がちょっと顔を出す。その発音は、見事な佐渡の言葉だ。苦労人の下積み役者のしたたかさ。ドラマを本気で支えているのは、脇役陣かもしれない。

最近、大阪を舞台とした連ドラに出演した松坂慶子さんは、自分の発音が大阪人になりきっているかどうかを確かめてから、カメラの前に立ったと聞いた。この"職業的根性"がなぜ、一部の人気役者にはないのか。アクセントもセリフのうち、のはずだ。

大陸文化吸収のために遣隋使、遣唐使を差し向けていた古代朝廷は、中国の標準語である「漢音」を学ぶことに努めた。首都長安の話し言葉である。ところが日本の仏教界は、すでに長江以南から経典を受け入れ「呉音」読みをしていた。漢音での「じょしがぶん=如是我聞」を「にょぜがもん」と発音する呉音は、中国では辺境・江南の方言であった。

延暦12(793)年の「漢音を学ばぬ年分度者には僧籍を与えない」との布告をはじめ、朝廷から再三にわたり呉音禁止令が出されたのに、仏教界の呉音優位は崩れなかった。呉音は、それほどまでに仏教界に定着していた。

いま東京の人が京都の話し言葉を「京都弁」呼ばわりすると、やんわり反発を受けるという。「京都弁やおへん。うちらが話すのは"京ことば"どすえ」と。地元の言葉に、自信と誇りを。