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組織の自己絶対化とコミュニケーション

2012年8月21日付 中外日報(社説)

学術の発達と共に個と個の相関の実態が明らかになってきた。例えば原子と原子を然るべき距離を持たせつつ結合しているのは電磁気力だが、これは光子の交換によって成り立っているという。素粒子同士の間にも同様な関係があるらしい。受精した卵に胚が発生して成長してゆくとき、その分化は細胞同士が特有のタンパク質を交換することで制御されている。これは細胞同士のコミュニケーションだといわれる。生体は、部分同士が脳を情報処理センターとする神経やホルモンのネットワークでつながれていて、こうして複雑な過程が制御されている。物質と生体におけるコミュニケーションの重要さがますます明らかになってきたということだ。

一般に、あるシステムが他のシステムの産出したものを受容するとき、単にそのままを受容するのではない。それを自分のシステムの有機的な一部に変容し、同時に受容した側の全体も多かれ少なかれ変わるものだ。明治維新以後、欧米文化は多少とも日本化して受容されたが、他方では封建的身分制の廃止と中央集権的な官僚制をもたらした。戦後の民主主義の受容は、国民主権を確立し、資本家や地主というような階級や家の制度を没落させ、市民社会の成立と経済の自由化、資本主義化を推進した。国民の意識そのものが変わったのである。

実は社会を変えるのは外国文化の受容だけではない。西欧近代においては民主主義と人権思想が現れて力を得たことで社会全体が変わった。日本でも武士団の勃興が古代的律令制度を滅ぼし封建的中世を成立させた例がある。一部の変化が、それを受容する全体を変えるのである。

しかし、いったん組織が確立し伝統が成立すると、そこには自己絶対化と自己維持の力が働き、異質的なものが内部に現れたり外部から入り込んだりすることを嫌うようになる。これは宗教教団でも組織が確立したときに見られることである。創造的エネルギーが自己維持のエネルギーに変わるともいえる。そのため、教団の革新はやむか困難になってゆく。

いま世界をざっと見回すと、ほとんどの既成教団は善かれあしかれ、ラジカルな近代化を拒否してきたように見える。その結果、教団と現代社会のコミュニケーションは不全となり、現代社会への適応が難しくなってきた。伝統的に継承されてきたことは正しいと信じる立場もあるが、教団という組織の自己絶対化傾向を反省することも必要だろう。