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悲惨な死と喪失の経験を振り返る月

2012年8月11日付 中外日報(社説)

多くの日本人は毎年8月になると、第2次世界大戦の戦死者のことを思う。

8月6日には広島の、9日には長崎の原爆で苦しみ亡くなった方々のことを思い起こす。15日には兵士としてあるいは戦争に関わって亡くなっていった多くの人たちのことを回想し、追悼の思いを新たにする。

8月はお盆の季節であり、先人たちと同じく現代人も、死者が帰ってくるという感覚をなお持ち続けている。多くの死者たちが、生き残っている私たちに何か大切なことを伝えようとしていると感じ合う。

そして、二度とあのような戦争を繰り返してはいけないとの気持ちを確認し次世代に伝えていこうと思うのだ。

平成23年の東日本大震災と福島第1原子力発電所の災害は、盛夏に国民として心を澄ませつつ死者をしのぶ追悼の文化伝統に、新たな次元を付け加えることとなった。戦争による死者や喪失だけでなく、巨大な災害でいのちを失った方々や喪失の経験のことを共にしのぶ気持ちを込める人が数多くいるはずだ。

太平洋戦争と敗戦後の混乱がやや遠い記憶になった今、阪神・淡路大震災や東日本大震災、福島原発災害の記憶が、悲惨な死や巨大な喪失を忘れられないこと、また忘れてはならないものであることを私たちに告げているように感じる。

こうした重ね合わせが自然だと感じられる一つの理由は、福島原発災害と広島・長崎の原爆による被害とが深く関わり合っていることだろう。日本人は原爆による悲惨な被害を経験し、「二度と過ちは繰り返しません」と誓ったはずだった。

作家の村上春樹氏は昨年6月9日(現地時間)、カタルーニャ国際賞の受賞記念スピーチで次のように述べている。

「これは我々日本人が歴史上体験する、2度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです」

新たな追悼の8月、私たちは多くのものを受け渡してくれた死者たちのことを思い起こしつつ、未来の世代に何を受け渡していくのかあらためて考える。

そして、死者と生まれ来るいのちを共に身近に感じつつ、祈りの心をより深めていきたいものである。