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パソコンは便利だが振り回されぬ姿勢を

2012年8月9日付 中外日報(社説)

米国の新聞社は、資料室を「モルグ」と呼んでいる、と全国紙M社のS編集委員が小さなコラムに書いていた。「モルグ」とは、警察署の遺体安置室のことである。「かび臭い切り抜きの束や変色した写真」を保存する場所だから、そんな印象を受けるのか。

約30年前まで、新聞社の資料室は「モルグ」どころか、独自の活気の漂う部屋だった。記事を書いたり紙面を編集する記者から「○○事件の切り抜き帳を貸して」などの注文が相次いだ。だがIT時代になると、訪れる記者が少なくなった。自席のパソコンで検索すれば、必要な資料が即座に得られるからだ。

ところで、そのパソコン情報には、著作権を尊重せねばならない場合と、そうでない場合がある。大臣の年齢や政治歴は、そのまま引用しても、どこからも文句は出ない。だがその大臣がどんな発言をしたかの情報は、確認の再取材をするか、情報の出どころを明示しなければ、先行取材者の著作権を侵害したことになる。

先ごろ時事通信社の中田正博社長が退任したのは、海外支局勤務の記者が、検索で知った他社の先行記事をほぼ原文通り"盗用"した責任を取ったものだ。

約30年前、全国紙の記者が地方紙の記事をそっくり引用して、問題化したことがあった。パソコンが普及し始めた時代で、著作権についてのモラル確立が不十分だった。しかしその後もパソコン資料の盗用は続き、時には論説委員が他社の社説を丸写ししたこともある。パソコン画面の情報は、しばしば記者を惑わせる。

S編集委員によると、パソコン普及後に発生した事件の情報はデータ化が進んでいるが、それ以前の情報はまだ不十分だ。だから資料室を訪れ、切り抜き帳をめくったり、マイクロフィルムと格闘することもある。

「古い記事の森」に入って考えさせられることの一つは、犯罪記事の報道姿勢だ。推定無罪の原則から逸脱し「裁判前から容疑者を殺人鬼呼ばわりし、名前は呼び捨て」だった。当時の社会通念とはいえ、恥ずべき記憶だ。現在常識とされていることが、20年後も常識であるだろうか、とも。

宗教界では、教団はもとより個々の寺院・教会で、日常の事務をパソコンで処理するのが常識化している。しかし宗祖の遺訓や聖典の記述が、ITで割り切れない深遠さを含んでいることも事実である。パソコンを利用しつつも、パソコンに振り回されない姿勢の確立が期待される。