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格付けに迷わされて見落とす大切なもの

2012年6月14日付 中外日報(社説)

次々回のオリンピック開催候補地として東京が有力視されているようだが、国内の支持率はまだもうひとつだ。大金を投じ大騒ぎをして国内で開催したからといって、日本人選手が華々しい成績を残すことを期待できるわけではない。それも理由の一つだろう。

そもそも日本人は体力的に世界のトップクラスではないから、当然といえば当然である。筆者はかつて外国で日本人は小柄だとからかわれ、現代文明の状況では人間が大きくなる必要は全くない、資源やエネルギー節約の観点からすれば小さい方が合理的であるし、平均寿命では日本人は世界で一、二を争っているではないかと言い返したことがある。

スポーツ競技なら優勝を争うのは当然だが、他の領域でも比較や格付けがはやっている。それに一喜一憂するのはいかがなものかと思う。GDP世界第2位の座を中国に奪われたと大々的に報じられたことがあったが、中国は国土も人口も日本の10倍はある。世界第1位となっても不思議はない。

格付けをする機関はとかく自国に有利な指標を用いるらしい。しばらく前に世界の大学の格付けが発表されたが、1位から10位までを英米の大学が占めていたのには恐れ入った。ドイツやフランスなど西欧の大学はなんというだろうか。

その他、幸福度の格付けなどもあるが、犯罪率等、欧米に不利な指標での格付けはあまり聞いたことがない。そもそも、あたしはあの人よりきれいだわとか、俺はあいつより学歴が上だとか、私たちの会社は業界ナンバーワンだとか、比較や格付けはあまりみっともよいものではない。

自分たちの欠点を見つけて是正するための比較ならともかく、ただ優劣を争うための比較は誠にはしたないものだという感覚は薄れてしまったのだろうか。

人生は比較のためにあるのではなかろう。自分たちの必要を満たし、可能性を伸ばし、個性的な仕方で世界に貢献すればそれでよいのである。ただし自分たちの可能性や特質を知るための比較なら悪いとばかりはいえない。日本の歴史を見ると、日本人は文学、絵画、宗教などの領域で優れた業績を挙げてきた。日本人は欧米人と比べると内向的であって、軍事、政治、経済、スポーツなどは苦手であるようだ。

現代文明は今や外に発展するより内に掘り下げることが必要な状況にある。比較に迷わされて外国に追い付くことばかり考える必要は全くないのである。