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宗門が課題とする住職の資質の向上

2012年5月26日付 中外日報(社説)

寺檀紛争は残念ながら、なかなか後を絶たない。住職と檀家の関係が決定的に悪化し、住職の解任を求めて、檀徒が本山に押し掛ける現場を目撃することもある。

宗門当局者としては、檀徒の信仰と共に住職の立場を守りたいという思いが根底にある。檀徒側に誤解があるならば、極力その誤解を解き、寺檀の間に立って和解に持ち込むという手続きが当然、基本となる。こうして双方が歩み寄り、寺檀の和合が取り戻されるのが理想だ。

しかし、寺檀対立に限らず、僧侶に明らかに非がある場合、宗門は悩ましい決断を迫られる。ほとんどの宗派で、僧侶の非違行為に対する懲戒の規定が宗門法規に定められている。それを規定通り適用すると、住職資格の剥奪という結論に至ることもある。

住職が宗門の裁定の意味を理解して処分を受け入れ、地位回復の日を待って精進努力すれば問題はない。実際、そのようにして復権した住職の例が存在する。

しかし、本山と末寺の関係についての認識はさまざまだ。社会や宗門内の環境変化で、その意識もさらに変質しつつある。「一国一城の主」として、たとえ己に非があっても和解勧告、まして懲戒などは甘受できない人もいる。宗教法人法上、被包括関係にあるとはいえ、単位法人として相対的に独立性があるという感覚もあるだろう。宗派がなぜ住職をもっと擁護しないのか、と批判する第三者がいても不思議はない。

宗教上の理由やその他で、被包括関係廃止の手段を取るケースもある。

宗教法人法は信教の自由の観点から被包括関係廃止に関わる不利益処分を禁じている。だが、どう見ても懲戒逃れを否定できない例も散見される。国の法律が懲戒逃れまでごた混ぜにして擁護する必要はないはずだが、現実の訴訟はなかなか厄介だ。

それに、地位確認や明け渡しなど、民事裁判でひとたび結論が出ても真の解決までには時間がかかる。宗門の自律・自浄のため、僧侶の非違行為には厳しく対処する必要があるにせよ、宗門側も懲戒処分に踏み込むには相応の覚悟が要る。

要するに、教化の最前線に送り出す住職の資質を向上させ、適性を養うことが最善の対策、というところに落ち着く。

寺院の世俗化、事実上の世襲定着など複雑化する諸要素を抱え込んだ宗門にとって、簡単な課題ではないが、正面から取り組むしかない。