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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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「孤立死」の防止に人のつながりの力

2012年5月17日付 中外日報(社説)

孤立死が各地で相次いでいる。札幌や横浜、東京・立川では、障害や認知症のある人が親族の死などで生活のすべを失い、食事さえ取れずに衰弱死して何日も発見されないというケースだった。

高齢者の独り暮らしを典型とする「孤独死」ではなく同居者がいるのに悲劇が起きるのは、本人の個人的事情よりも、大変な時に「助け」を求めることができない社会環境によるところがより大きく、その意味では年間3万人を超える自死と同じことだ。

被災地でも同様の、あるいはさらに深刻な現状がある。仮設住宅では、かつて住んでいた所のような地域の結び付きが当初から崩壊している。誰もが苦労している中で、弱音を吐くことが遠慮に向かう。先日も宮城県で仮設住民への傾聴活動などをしている住職から「姿が見えないと思ったら亡くなっていた」との例を複数聞いた。

「お茶っこ」の会を開いても出てこない、出てこられない人こそが問題だ。現地へ行くと特に男性の参加が非常に少ないことが分かる。もともと男性は、会社など仕事上の縁で行動してきたので近所付き合いの仕方が下手、悩み事があってもアルコールに逃避する、などが指摘される。

内閣府の「高齢者生活実態調査」(平成20年)によると、60歳以上で「日頃の会話が少ない」人が全体では8%だが単身世帯では3割以上、うち男性単身では4割を超える。「困った時に頼れる人がいない」は、全体で3・3%なのが男性一人暮らしだと24・4%にもなる。

こういった人々を見守る社会的な仕組みが不可欠だ。仮設住宅でも震災以前でも、セキュリティー会社の導入や給湯ポット、トイレ、風呂などへの各種センサー・IT装置類の設置、飲料や新聞配達員によるチェックといったシステムが続々出現していた。

だが、孤立死防止の先駆的取り組みで有名な千葉県常盤平団地のように、重要なのはやはり「見回り隊」や住民同士の交流、挨拶という人と人とのつながりだろう。現実にトラブルが起きた際には、医療や公的な援助機関につなぐ人的セーフティーネットだ。

縁のある人だからこそ、安心して助けを求められる。「助けてと言えた時が助かった時」とある牧師は言った。そんな「世話焼き」の中には、例えば関西のしきたりである菩提寺僧侶による檀家の「月参り」がある。寺社を核にした「気軽に助け合える」地域社会も含め、宗教者ができることはたくさんある。