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高松塚発見から40年 壁画はなぜ劣化した

2012年5月15日付 中外日報(社説)

今年の3月末、奈良県橿原市に住む全国紙のA記者(82)が退職した。昭和28(1953)年に入社してから59年。定年退職後も特別嘱託や契約記者として飛鳥報道をサポートしてきた。全国紙では異例の長さである。

ちょうど40年前の昭和47(1972)年3月26日、奈良県五條通信部長だったAさんは、奈良支局長の特命を受けた。「明日香村の高松塚古墳から、美しい壁画が発見された。間もなく記者発表がある。君もその大ニュースの取材に加わってほしい」

ローカル記事の取材の多いのが通信部記者だが、Aさんはこの日から、全国的ニュースの高松塚報道に関わることになった。

現地へ駆け付けたAさんは「こんな小さな茂みの下に、貴人の墓があるのか」と驚かされた。まず各社のカメラマンが3分間ずつ壁面の撮影をした。続いて他の記者たちに、小窓からのぞくことが許された。だが石室内は薄暗く、壁面はよく見えなかった。

高松塚に続いてキトラ古墳や斑鳩藤ノ木古墳などの発掘調査結果が公表された。古事記で有名な太安万侶の墓誌も出土した。藤原宮跡など建築物の遺構発掘も相次いだ。もともと「国のまほろば」と呼ばれた奈良盆地は、高松塚を契機にさらに"古代"づいた。

それまで古代史への関心が薄かったAさんは、猛勉強を重ねた。自室に、古代史の年代を記した紙を張って覚え込んだ。毎月1回、明日香村中央公民館で開かれる関西大学の「飛鳥史学文学講座」を聴講した。橿原考古学研究所にも足を運んだ。記者仲間でいう「奈良学」の学習である。

奈良県の出土品には、朝鮮や中国などアジア諸国から渡来したものもあって日本史だけの知識では十分と言えない。

こうした歳月を重ねたAさんがいま残念でならないのは、あの高松塚から現れた"飛鳥美人"の絵が40年間に劣化してしまったことだ。「一般への公開を抑えて、大事に大事に保存してきた結果がこれなのか。文化庁は良識の象徴ともいうべき存在のはずなのに……。歴史学に偏重して、湿気やカビやバクテリア対策など科学的側面をおろそかにしてきたためではありませんか」

さて、創建年代の古い社寺の多くは、国宝・重文をはじめ民族の貴重な遺産を保有している。大部分は収蔵庫を設けたり、国立博物館に預託するなどの配慮がなされているが、予期せぬ事態が起こることも考えられる。高松塚の劣化を戒めとすべきであろう。