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教団の情報伝達に起きつつある変化

2012年4月24日付 中外日報(社説)

若い世代はパソコンよりiPhoneなどのスマートフォンと接する時間の方が増えてきている。最近発売された「新しいiPad」は大人気だ。いつでもどこでもネット情報を閲覧したい、電子書籍を電車の中で読みたいなどという人にとって、ますます快適な環境になってきている。

このようなツールが広まれば、必然的に書籍の電子化もまた広がることになる。そのため、新聞や雑誌類は存亡の危機に立たされつつあるのではないか、という危惧を持つ人もいる。

画面の解像度の向上で、見やすさは着実に向上してきている。電子化された書籍も、実際に本のページをめくる感覚に近づけようと工夫が凝らされている。さらにデジタル化された電子書籍を読む場合に極めて便利な機能がある。それは辞書機能との連動である。本を読んでいて分からない単語の意味が、同じ画面で調べられる。

片手で持てる小さな器具が、本でいえば何百、何千冊分に当たるような分量の内容を収蔵し得る。のみならず、複数の辞書を持ち歩いているのと同じような、いやそれ以上の機能を付加させられる。少し大げさに言えば、辞書を調べる作業のアシストをしてくれる人が付いた図書室が、そのまま移動していると比喩できる。

宗教教団はたいてい、機関紙、機関誌や書籍を信者に配布している。教えや連絡事項、その他が紙に印刷されて信者に運ばれている。この形態がいつまでそのままであるのか、変わるとすれば、どう変わるのか、そろそろ考えてみるべき時期に来ている。

技術の進歩はどんな展開をするのか、なかなか見当はつけられない。ただ、デジタルデータの閲覧の方が楽という世代は、増える一方である。この変化は宗教教団にも、やがては及んでくる。

新聞や雑誌を通して、信者あるいは会員に情報を伝えてきた教団にとって、電子書籍、電子雑誌などが、より一般的な情報伝達手段になっていくとき、どのように過去の資産を使うべきであろうか。

少なくとも、これまで蓄積されてきた文字情報をどうデジタル化していくかという問題には、いや応なく向き合うことになろう。また、電子化された情報の扱いは、従来なかったどのような問題を孕むかも考えなくてはならない。

近代以来、教団においても情報発信の主役であった印刷媒体が、そう簡単にその座を降りるとは考えにくい。ただこれから起こる変化への対応を考え始めるのは、早過ぎるという段階ではない。