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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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大局的視点からの公共空間への関与

2012年3月13日付 中外日報(社説)

福島原発事故を受けて、ドイツはメルケル首相の指示により「安全なエネルギー供給のための倫理委員会」を設置し、昨年6月、脱原発の方針を決定した。この委員会は16人の委員からなるが、そこには科学者、実業家、労働組合代表者、社会学者、哲学者らと共に3人の宗教関係者が加わっている。

そもそも「エネルギー供給」の問題をなぜ「倫理委員会」で討議するのか。それは、これがどのような社会を善しとするかの価値判断に関わるものだからだ、という。そして、宗教関係者がそこに加わっているのは、国民全体の生活の在り方に関わる価値判断について、宗教関係者の声を聞くのが自然と考えられているからだろう。

「エネルギー供給」をどうするかは政治的な論題でもある。だが、ドイツの倫理委員会は通常の意味での政治を超えるような大局的な視点からの判断を提示している。それはこの報告書の表題、「ドイツのエネルギー転換――未来のための共同事業」によっても知れる。

委員会はドイツ国民の生活の在り方に倫理的な観点から見通しを示した。その長期的展望は、原発推進か脱原発かを争い続けること自身がはらむリスクを見据え、エネルギー転換という国民共通の目標を示し、見通しを広げようとするものだ。

日本でも、宗教界に「原発によらない生き方」を示す動きが目立っている。例えば、昨年12月1日の全日本仏教会の宣言文「原子力発電によらない生き方を求めて」は政治を超えた価値の次元を示そうとするものだろう。

そこには、「『いのち』を脅かす原子力発電への依存を減らし、原子力発電に依らない持続可能なエネルギーによる社会の実現を目指します」とある。また「誰かの犠牲の上に成り立つ豊かさを願うのではなく、個人の幸福が人類の福祉と調和する道を選ばなければなりません」とも述べられている。

今すぐ原発を止めるのか再稼働するのかとか、どのようなプロセスで原発を減らしていくのかは政治的な判断に関わる。だが、この宣言文はそれには触れず、倫理的な次元から長期的な展望を示している。仏教界にも多様な意見があったが、宗教者が国民に大きな共通の目標を指し示したことは歴史的な意義を持つ。

宗教は人々の思想信条の自由を尊びながら、このような形で国民生活への公共的な関与を行っていくことが可能なのだ。