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要求するだけでない運動が成果を上げた

2012年3月10日付 中外日報(社説)

兵庫県の公立病院で、小児科が閉鎖の危機に追い込まれた。過酷な勤務に耐えかねて医師が次々に辞任し、最後の1人も去ろうとしていた。

母親たちが申し合わせた。「少し具合が悪ければ病院へ、のコンビニ受診を控えよう。まず開業医に診てもらい、必要な時だけ病院へ行くことにしよう」。平成19年のことである。

医師に感謝の気持を伝えるとともに、自分たちに何ができるかを考えて、実行したのがポイントだ。要求するだけの運動とはそこが違っていた。

5年後の今、小児科の医師は7人に増えた。大学の医学部が、安心して医師を派遣するようになった。先日のA新聞のコラムで、論説委員が紹介した、心和らぐ話題である。

その3日前、B新聞はこんなニュースを伝えた。香川県の女子高校生が、東京の専門学校への進学を希望した。保護者相談会が開かれることになった。

母親のCさんは、聴覚障害者である。市役所に、手話通訳の派遣費用を出してほしいと申請した。しかし市は、手話通訳の派遣は原則として市内だけに限定しているとして、却下した。

Cさんは「市の判断は、知る権利を保障する憲法21条などに反する」として、市を相手取り、慰謝料など10万余円を求めて高松地裁に提訴したという。

B新聞の調べでは、手話通訳の派遣について、その市町村内部だけ、または県内だけに限定している自治体が多いようだ。

B新聞は「普通の親と同じように教育をしたいという気持を踏みにじられた」とのCさんの談話を紹介している。Cさんに同情的で、市に批判的な報道姿勢とも感じられる。

かつて本欄で紹介したが、京都市左京区に住んでいた伊達よしえさん(故人)は重度身体障害者だったが"要求"をすることを嫌った。「私たちは社会のお世話になっています。その上に何かしてほしいことがあれば、要求でなくお願いをすべきです」

カトリック信徒の伊達さんを、仏教系大学の学生がボランティアとして支え、京都の地下鉄の全駅にエレベーターを設ける"お願い"を達成した。

しかし最近は、お願いよりも要求社会、権利社会、訴訟社会の色合いが濃くなっている。それだけに兵庫県の母親たちが「要求するだけでない」運動を展開して成果を収めたとの記事に、心引かれる読者もいるのではないか。